2010年09月

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管理人の日誌

最近、出版された本です。

天の愛 芹沢文子著

神と人間

解釈と鑑賞別冊  芹沢光治良
                       




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 あなたは  人目のお客様です。


2010年09月05日 09:49

マグノリアからのお知らせです。

お暑い毎日が連続しております。ご機嫌いかが
お過ごしでいらっしゃいますか、お伺い申し上
げます。秋を告げてます虫の音とともに、マグノ
リアのご案内をさせていただきます。

☆ 10月3日(日)  午後2時
   「フランス映画今昔」  小張アキコ
Federation Internationale de la Presse
Cinematographique 副会長、日本映画ペンク
ラブ会員幹事の小張アキコ様をお迎えします。
青春時代父があこがれた、ルイ・ジュヴェを
中心にした昔とカンヌ映画祭審査員の目でご覧
になる今のフランス映画のお話を伺います。
ご出席下さる方は、茶菓子等の準備のため、
ご連絡下さい。会費は2000円お願いさせて下さい。

☆  沼津市芹沢光治良記念館では、「芹沢光治
良と東京展」が始まりました。展示の中から、
「芹沢光治良の手紙ー妻になる人へ」と題した
非売品小冊子をつくりました。記念館とマグノリアに
ございます。必要な方はご連絡下さい。

☆   芹沢文学を色々な角度から応援下さる
薬学博士、東京大学特任研究員の清水美穂様上司
跡見先生が、対談番組で私達に役立つことを述べられ
てます。簡単な登録で24時間無料配信中ですので、
是非http://www.theatertv.co.jp/movie/4312をクリック
してみて下さい。

☆   『教祖様』出版元善本社で、「日めくり教祖のおことば」
カレンダーをつくられたようです。ご興味があるようでしたら、
03-3294-0232までFAXで申し込んであげて下さい。
本体800円送料310円です。善本社の電話番号は
03-3294-5317です。

色々ご案内をしてしまいました。ご覧下さいましてありがとう
ございます。すみませんが、これから4日程東京を留守します。
                     岡玲子

2010年08月29日 09:52

本日は、東京の読書会です。

おはようございます。
本日は、東京の読書会です。13:00から
東中野地域センター1階です。

テキストは、『こころの広場』より、348ページから398ページです。

『老齢か』という題で、はじまりますが、

川端康成氏の急死のあと芹沢光治良氏がペンクラブ会長として、訪仏します。何となく川端康成氏が見えで来ます。

もし、お時間がありましたら、東京の読書会にも
いらして下さい。

2010年08月18日 06:12

暑い中、体をご自愛下さい。

 今年の夏は、災害波の暑さです。皆様におかれましては、いかがお過ごしでしょうか?
 私の職場は、冷房装置がなく、毎日その中での、仕事で飲み物を飲んで過ごしています。どうせなら、芹沢光治良先生は、「グレープフルーツ」が好きだと聞いておりますので私も、コンビニにある「グレープフルーツ」ジュースを飲んで、12時間、過ごしています。
 今日から、外に出ての仕事になります。
 なんとか、気温が上がらないことを念じながら、頑張っていこうと思っています。

 

 名古屋大学大学院国際言語文化研究科に台湾から留学された黄耀儀氏が博士学位論文『芹沢光治良文学にあらわれた信仰感の考察』というのがあるそうです。

 私は、まだ目にしていませんが、これはなかなか興味深いものだと思います。

 いつか読めることを、楽しみにしています。

 それでは、これから仕事に行きますので・・・

 追伸:これからは、もう少し更新をしていきます。

2010年07月02日 22:05

大分の読書会からです。

芹沢文学読書会 案内通信
No84
2010年(平成22年)6月27日

6月便り   一一雨の中一アジサイの花ひっそりと一一

梅雨の季節となりましたが、お元気にお過ごしのことと思います。鳩山政権が総辞職し、菅政権が誕生しました。参院選挙でその評価が問われます。本当の民主党としての再出発とも言えます。これも、芹沢先生が唱えておられた「世直し(大掃除)の一つなのでしょうか。日本が、元気になってもらいたいと思っています。

雨の中でも、アジサイの花のようにひっそりと、芹沢文学を愛読していきたいものと思います。前回は、 「芹沢光治良文学館 9」 (新潮社版)の短編小説「冬のはじめ」を読み語りました。昭和17年1月号の雑誌<改造>に発表したもので、太平洋戦争に突入する直前の身辺小説です。学者の山辺先生が娘つゆ子を連れて、箱根の温泉に保養に出掛けた体験を記録したものです。題の「冬 」には、戦争の悲劇を暗示しているものと思われます。留学や闘病のことが回想されています。

 野沢朝子氏よりお贈りいただいた『山荘』を参加者にお渡ししました。次回は、一緒に『山荘』を読み語ることになりました 。読書会では部分的に読みますが、時間のある方は、通して読んで来て下さい 。

 芹沢文学の翻訳出版が、少しずつ広がっています。ロシア語訳が進んでいますが、
韓国語訳の『人聞の運命』の出版は二巻で停滞しています。やはり、英語訳が出されるべきだと思います。中国語訳も念願しています。予定し,て気楽にお出掛け下さい 。芹沢文学に関心のある新しい会員も歓迎します。どうぞ、お誘い下さい。


第84回・芹沢文学読書会

①日時;7月11日(日)(奇数日の第2日曜日です)

(2)会場;大分県立図書館研修室No4 10:00~12:00AM
(3)内容;〔1〕芹沢光治良先生のお話(カセットテープ) 10:00 ~10:20
      1980年 5月に芹沢文学館で行われた芹沢光治良先生の講演「最近思うこと      (仮題) 」*前回の続きを聴きます。最後の長編小説『愛の影は長く』を書       いている頃のこと。色紙のこと。桃中軒での祝賀会の様子。

    〔2〕芹沢文学読書会 10:20 ~12:00担当・司会小串信正。
       テキスト;回想録(詩集も)

          山荘 (SANSO」
       
       初出,書き下ろし(自費出版・厚徳社印刷製本)
       初刊; 2010(平成22)年 1月20日野沢朝子発行 110頁


「はじめに 」「Ⅰ 17章」「Ⅱ 詩6編」「おわりに」
*「はじめに」 「Ⅰ 17章」の章の題が短歌になっています。
*御存じのように、野沢朝子氏は芹沢光治良氏の次女で東京都練馬区にお住まいです。この『山荏』を多数、御寄贈いただきました。
=次回は、奇数月の第 2日曜日の 9月 12日(日〉の予定です。

※同封資料;「あとがき」芹沢光治良 195-196頁 「解説」遠藤周作 197-200頁
『芹沢光治良自選作品集.(昭和 32年 5月 1日宝文館発行〉に収録。*芹沢光治良氏の最初の作品集(全 6巻〉。全巻に若き日の作家遠藤周作氏の解説が収録された

一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一
芹沢文学・大分友の会 
※間合わせなどは士・日・月曜日に。メールして下さい。

芹沢文学・大分友の会 ふじ
            会報No.83  


2 0 1 0(平成22〉年 6月27日 文責小串信正


第83回・芹沢文学読書会の報告
 第83回の「芹沢文学読書会」を5月16日(日〉の午前10時から県立図書館の研修室No.4で開きました。芹沢光治良先生の講演録音テープは、 1980(昭和55)年5月 沼津市我入道の芹沢文学館で、行なわれた文芸講演会「最近思うこと」を聴きました。
芹沢先生の次女野沢朝子さんへ」便りを書きましたら、回想集『山荘』をお贈りいただきましたので、皆さんに手渡ししました。次回には、この回想集「山荘」をテキストにして欲しいという方が多かったので、案内のようにテキストにしました。週刊誌『女性自身』(5月4日号・光文社)に天命庵の大徳寺昭輝氏が紹介されていて、話題になりました。大徳寺子氏も46歳になられたようですが、太って恰隔が良過ぎているのではという感想も出ました。心のマルチアーテイストとして紹介され、作家の芹沢光治良に師事しているとも書かれていました。皆さん、関心があるようでした。
テキストとして短編小説「冬のはじめ」を読み語りました。この作品は、昭和16年の暮れに書かれて、昭和17年1月号の雑誌〈改造〉に発表されました。真珠湾攻撃から、いよいよ太平洋戦争に突入した頃のものです。大学の哲学の教授と思われる山辺順三は、フランスに留学し、自分も妻も結核となり、つゆ子を尼さんの経営する託児所預けますC妻は亡くなり、娘を連れて帰国して、大学の先生となったようです。ギリシャ哲学の原稿を出版社に渡してつゆ子を連れて箱根温泉に保養に出掛けた時の体験を書いた身辺小説です。特に深刻なテーマはありませんし、留学や闘病のことなどが、回想として書かれています。二十年前に亡くなった妻に似てくる25歳の娘の結婚に心を使っています。高文試験に失敗した赤木洋ーのことも書かれています。「それから三日目があの十二月八日だった。」という文で結ばれているのが印象的です。

◎サロン・マグノリアの『記録ノーート」=東京都中野区東中野の芹沢邸=
芹沢邸の三階に造られているサロン。マグノリアでは、文学の講演会や音楽の演奏会などが続けられています。その『記録ノート』の小冊子が毎年刊行されていますc
2009年5月から2010年4月までの前年度の小冊子『記録ノート』が、芹沢光治良先先生の四女岡玲子さんから送られて来ました。九州の大分県から、サロン・マグノリアの催物に出掛けるのは難しいですが、どのようなことが行われているかを紹介します。
沼津市民の和田安弘氏の巻頭言「サロン。マグノリアとわたし」、芹沢光治良先生の手紙「父からの手紙」 〈1963年11月初日の玲子様宛の手紙〉、2009年5月6日の誕生日記念講演=『こころの窓』と芹沢先生」(講師桜井信夫)、 6月14日の講演会「文学の先にあるもの」(講師富岡幸一郎)、7月17日の講演会「芹沢光治良『人間の運命』の周辺一一一く洋行>日本人のえットワーク」(講師加藤哲郎)、10月3日の講演会「芹沢光治良『中国取材日記』」(演出・朗読山中一徳)、10月29日'・31日・11月6日のサロン・コンサート(ピアノ岡玲子〉、12月13日の講演会「遠藤文学と母なるキリスト教」(講師加藤宗哉)、2010年2月20日の手紙朗読会「芹沢光治良先生との絆」(ゲスト室賀脩・八木沢悦子、演出ナレーション山中一徳〉、3月21日の偲ぶ会「マジックと芹沢先生を追いかけて」(講師石川慎二郎)、そして「一年を振り返って」(☆14項目で紹介している)、「ありがとうございます! 」(サロン。マグノリアに参加された方々の名簿〉表紙(絵〉田中美佐枝編集岡玲子2010年4月24日。
芹沢光治良先生を記念して造られたサロン・マゲノりアで、このような活発な催しが行われてし1ることは、素晴らしいことだと思います。芹沢先生の遺徳や芹沢文学の精神が今日にも生かされている活動で、しかも小冊子『記録ノート』として毎年刊行されていることは、貴重な記録だと思われますOこの「一年を振り返ってlで、善本社から「教祖様」が昨年の12月に再版されたことを知りましたcまだ、お持ちでない方は、書店からの注文で入手出来ます。この機会に御一読をお勧めします。

2010年06月29日 05:35

2010年6月の月例会

 昨日は、月例会に行ってきました。芹沢光治良先生の「老年」を読みました。1941年5月「文学界」が初出です。
 
 管理人2による記録ですので、当然管理人2の主観が入りますが、ご容赦下さいませ。

 この小説は、女性が亡くなっています。芹沢作品では、珍しい設定です。30代に亡くなった奥さんの夫と義理の男の人だけの関係。奥さんは、一人娘でした。この二人の関係はお互い気遣う関係。素敵ですという女性会員の方の発言がありました。


 ところで、若い一人娘が亡くなった時に、当然夫にも責任があると考えるのが、その娘娘の親は思うでしょう。

 
 ところが、この夫、義理の父親は、「素敵な関係」なのです。

 これはなぜでしょうか?

 この二人の男性は、全く無意識にも、

 未来の子供達が健やかに育つ事がその根っこにあって、お互いの立場を考えながら暮らしているのではないでしょうかている。
 
 小説のいくつかのシーンで亡くなった妻や娘と対話している姿(私も身近な人の死に出会った後でこのような会話をするのではないだろうか。)は、自然でその内容は未来の子供達の幸せ。

 良い小説です。芹沢先生らしい小説です。

 さらに付け加えると言葉にしない優しさが随所にあるのではないか それが魅力

 もう一度書きますが、

 設定が珍しい。体つきから義理の父親 藍川清成をイメージしたのでは。ゴルフの道具がほしいという関係は、すばらしい。ゴルフを始める山辺は、短い作品なのに品格を与えている。小説の終わりの方で、義理の父親が涙ぐんだ気持ちは、男同士の好ましい感じではなかろうか?

 また、義理の父大野さんは肺炎、夫の山辺さんは、下血。

 病気を治していく日常が指し示すものが何か深いところがあるのを示しているのだろうか?
 病気を治せる家庭の平和、人々の幸せはいいものだということを主張しているのではないだろうか。

 参加された方のお話を伺って、この小説が改めて味わい深いものだと思いました。

 今日の夜、日本対パラグアイ戦があります。勝てば、初のベスト8になります。さっそく観戦します。 

2010年06月21日 23:25

2010年7月のマグノリアのお知らせです。

 雨の季節です。庭の雑草までも輝く緑色です。マグノリアの花も白い大輪を咲かせてお
ります。皆様ご機嫌如何でございましょうかお伺い申し上げます。さて、7月のご案内は

☆ 7月17日(土) 午後2時  講演会
   『人間の運命』と文学の使命
          講師   富岡幸一郎

 昨年、「文学の先にあるもの」を富岡先生から、皆様と感銘深く拝聴致しました。
その時の皆様のご要望を、先生が、お忙しい中、実現下さることになりました。 ありがたい事でございます。ご参加をお待ちしております。
 会費は、2000円お願いさせて下さい。ご出席下さる方は、茶菓子等の準備のため、
ご連絡願います。ありがとうございます。
                  岡玲子

2010年06月19日 09:24

 もう気がついたら、6月19日です。
更新遅れて申し訳ありません。
 芹沢光治良文学短信第180号 2010年6月3日(木)発行です。
 どうぞ、お読み下さい。


人間の運命を読む集い
山本正夫先生の文芸講話
6月13日(日)
1)時間:午後1:30~4:30
2)場所:名古屋市港図書館(2階集会室) 電話 052-651-9249
3)内容:1部「人間の運命」音読 10巻夫婦の絆 第1章
     2部山本正夫先生・文芸講話
       内容 野沢朝子著「山荘」について
4)申し込み:丹羽綾子様 締切6月10日

雨も、又良しバス旅行 中野初子
 芹沢文学の旅にしては、珍しく朝から雨ふり、それでも車中の皆さんの顔はにこやかで晴々としている。
 芽吹き始めた木々は雨にぬれて、しつとりと美しい。園原ビジターセンター「ははぎ館」は恵那山トンネルの上の村で古くから都と関東や東北を結んだ東山道という通りで、難所神坂越えの休憩地点として、平安、鎌倉時代に栄え、源氏物語や枕草子にも登場する古くから都人に知られた所だそうです。
 私は以前からトンネルの上の高台にチラツと見える家に「あんな高いところに生活している人がいるのだ」と感心していたのですが、いま自分が歩いている場所がそこと聞いて驚きと感動でした。
 源義経が馬をつないだと言われている「駒つなぎの桜」や最澄が建立したお寺など、深い山の中で何百年も脈々と人々に守られて今日にあると思うと又関心、感動でした。黒々とした山々に雨がけむった風景は日本画を見るようでした。
 帰りに寄つた「東山魁夷 心の美術館」で若い頃のこの地方の体験が東山先生が風景画家へと進む出発点となつたと聞く。先生の絵の方向付けになった情景を今、目にしていると思うと賭しく興奮する気分であった。先生の絵がより身近に親しみが感じられた。雨降りも又、楽しいバス旅行でした。
演出上手(雨まで降らして)な平石様ご夫妻に感謝!ありがとうございました。

春のバス旅行4/22
参加者32名 野沢朝子様(東京)が参加して下さいました。

ホテルアソシア様の営業終了
 新年会でいつもお世話になりましたホテルアソシア様が、名古屋駅新ビル計画の実行決定により、今年9月30日をもって営業終了。

芹沢光治良肖像展 4月24日~8月31日
 明治43年の柳原小学校卒業記念写真から平成5年の最晩年までの141枚を展示
 会場:沼津市芹沢光治良記念館

  春のモモハナ旅行 大崎かず子
 四月二十二日、楽しみにしていた春の旅行、前の晩速足を待つ子どものようになかなか寝つかれない。目覚ましの音で飛び起き急いで支度をする。外は雨、しかし心は晴れ、駅へ急いだ。駅に着くと雨にもめげず、ニコニコの笑顔が待っていてくれた。みんながこんなにも楽しみにしている芹沢文学の仲間の魅力、その魅力に取り付かれ、三回日の旅行に参加させていただきました。
 七十近くになり、少し体を悪くし、休も心も痛んで三ケ月も音訳を休んでいるとき、林さんから芹沢光治良先生のお話をお聞きし、しかもお生まれが私の故郷の近くと聞いて興味を覚え会に寄せていただいたのがきっかけで丸二年になりました。なにもしらない私を
仲間入れてくださった皆様に感謝しています。そして、人間の運命、初めて目にして先生の自分にきびしく、人に優しい生き方に感動を覚えました。話がそれてしまいましたが、雨の中いよいよ出発です。
 いつものように近況報告、皆さんのトークがとても上手く、感心したり反省したりの自分がいます。窓の外はハナモモがやさしい色合いで迎えてくれています。バスは快適に進んで行き、食事処「門前屋」に到着。旅の楽しみの一つ食事、おそばのおいしかつたこと満足でした。ここのお店の奥には大きな白い蛇が箱の中にはいっていました。お店の人の話ですと、普段は顔を見せていないが、今日は顔を出していて運がいいですね、と言われました。真っ白なかなり大きな蛇でした。
縁起が良いというので、つい根付けを買つてしまいました。いましっかりと私の財布につけています。
 食事がすみ、伝説の駒つなぎ桜を見に行きました。義経駒繋ぎの桜とも言われ、吉次に導かれた源義経が奥州に下向するとき、この木に馬を繋いだといわれています。エドヒガン桜で目通り四メートル、高さ約二十メートルです。雨がかなり降ってきましたが坂道を
上がっていき回りを見ると、もやに包まれたなんともいえぬ自然の美しさに、心が清められる思いでした。そして桜、見事でした。口では青い表すことができないほどの美しさにしばらくうつとりしていました。
 最後に東山魁夷心の旅路館に寄り東山先生の青、緑と独特の色彩に心をうばわれました。本当に楽しい旅行でした。いつも世話してくださる平石ご夫妻、ご協力してくださる皆様、ご苦労様でした。会員の皆様、ありがとうございました。またお会いする日を楽しみ
にしています。

 封筒の色が変わりました

  今回から、封筒の色が新緑にふさわしい色となりました。各務洋司様のご厚意によるものです。

2010年05月23日 08:16

昨日は、絶好の掃除日でした。

最晩年の芹沢光治良先生は、朝輝く太陽をとても気にされたそうです。朝、空を眺める事が日課だったそうです。そのお話を聞き、私もながらく、朝の太陽を気にして朝早く起きるようになりました。


昨日は、早朝から部屋に透明な光が部屋一杯に入り込み、自然と眼をさましました。

この透明な明るさ、湿度もない空気のさわやかさ、これは、カーテンをすべて洗濯しようと決心して、32枚洗いきりました。そして夏物、冬物を入れ替え、出窓回り、押し入れの中、外を新しい買ったばかりの掃除機を使って、徹底的にほこりを取り除きました。

芹沢先生のこの頃の作品群に書かれていたように記憶しているのですが、人間は、心にもほこりがたまり、それこそほこりが吹き出るように人を傷つけたり、傷つけたりされたり、人間関係に苦労するとあったと思います。

せめて眼が見えるところでもほこりを取り除くように心がければと思おうというだけでは、ありません。

確かに掃除をすると空気が何か違うという実感があるのです。言い過ぎかもしれませんが、神社や仏閣の場所によって、葛飾区高砂の井出クニの東京の家。霊的な雰囲気かなと思っていましたが、それらの所の関係者の方の掃除の徹底さだと思います。

森次郎が中学生の時、教室前の廊下を磨きあげた時もこの清潔なにおいがしていたと思います。


2010年05月16日 10:51

沼津市芹沢光治良記念館に行ってきました。

 2010年5月15日(土)に沼津市の芹沢光治良記念館に行ってきました。
天気は、快晴、湿度も低く、気持ちよい朝、自宅を出ました。
 途中、少し渋滞がありましたが、無事時間通りに到着しました。
 芹沢光治良氏が、柳原小学校卒業記念写真から96歳で亡くなるまでの生涯を網羅する厳選された141枚のポートレイトです。よくぞ、ここまで作られました。企画展は、文学館時代からでは久しぶりですね。芹沢光治良記念館になってからは、あっという間の勢い!
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 記念室に来られた方を後ろからそっと写しました。

 肖像写真展を見ていると、「人間の運命」の森 次郎を思い出してしまいます。中学校の入学出来る、出来ない時の森次郎の表情。
 一高入学しながらも、学費、食費の工面に追われたこともあるけんど、世の中に裨益しようとなっていく芹沢光治良の顔。
 戦後無一文ながらでも充実した表情(鈴木氏が、肖像画展の巻頭言として書かれている文章は、この時期こそまさによくよく私に訴えてきます)。
 厳しい表情の写真もあります。でも怒っている表情では、ありません。それは、まさしく創作の時のものだと思います。
 ピアノのそばにいるときの芹沢先生の柔和な表情。幸せそうですね。
 まさに私にとって、収穫なのは、パリからの帰朝後、「ブルジョア」で、デビューし中央大学で貨幣論を講義し、結核のために軽井沢にいる芹沢光治良氏の写真です。
私は、このころの芹沢先生(森次郎)の具体的なイメージをすることが出来ませんでした。
 その主人公のイメージを見ることが出来たことです。鈴木氏に感謝。

 空が青々とし、今日の記念室では、屋上を開放しています。屋上に行き、新鮮な空気を胸いっぱいに吸いました。
   
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 文学館のあとは、館長さんにお花屋さんの場所を聞いて「フランス花屋ペルル」を教えていただき、お花を購入して、芹沢先生のお墓へ。    
  

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 そして、車に乗ってさあ出ようとしたら、お花屋さんの前の酒展の名前は、「セリザワ」。車を止めて、新潟の愛読者の方からいただいた「日本酒」があまりにおいしく、月例会でも帰りに諸先輩方と飲みによく行き、最近覚えてしまった「日本酒冷や」。
そこで、一本「奈良萬」を購入しました。いろいろ相談に乗っていただきありがとうございました。
 帰宅して飲みましたが、とてもおいしかったです。
1005154.jpg

 お花をいけて記念写真を撮ってしまいました。

 楽しい一日でした。また、沼津にいったら、ペルルと「セリザワ」酒店に行きます。もう一本ほしかったあのお酒も購入したいと思います。

 

沼津市芹沢光治良記念館に行ってきました。

2010年05月15日 01:08

2010年6月のマグノリアのお知らせです。

外出する事のなかった、最晩年頃の父が、
天気予報に細心の注意をしておりました。
懐かしく思い出されますが、清々しいお天気は、
嬉しい事でございます。ご案内をさせていただきます。

☆6月12日(土)  午後2時  講演会
 芹沢光治良フランス留学ーー新発見のエッセイなど
            講師  藤澤全
 静岡新聞で度々話題になりました、若い経済学者の父の
エッセイ「見付けびと」で、日本大学国際関係学部・講師で
いらっしゃる藤澤全先生に、講演をお願いしております。
きっと研究者の精神と、文学に携わる以前の父を学びとる
事が出来ると存じます。ご参加をおまちしております。
2000円の会費をお願いさせて下さい。ご出席下さる方は
茶菓子等の用意のため、ご連絡願います。 
ありがとうございます。        岡玲子

2010年05月04日 06:13

5月4日は、芹沢光治良先生の誕生日

芹沢光治良先生の誕生日を迎えると管理人の私が迎える年の時、芹沢光治良先生はどんな年だったか、考えてしまいます。
私は、今年52才になります。芹沢先生が同じ52才の時、芹沢光治良先生のところに中学校時代の恩師の息女が訪ねて来ます。生命保険の勧誘です。敗戦後の二年目の春だそうです。戦争が終って平和だと喜ぶだけではすまない時代でした。芹沢先生も戦災で無一文になったと書いています。そこで、家族を露頭に迷わせないために、葬式代を出すために、生命保険に 入る事を決意します。そして、経済面でたいへんな時、喘息にもなります。

しかし、芹沢先生は、めげません。忙しく働きます。たくさんの作品を世に出します。そして、作品から垣間見る芹沢家は、幸せです。

作品を読むと幸せになります。


芹沢先生に感謝です。


困難にも負けない芹沢先生の事をぜひとも見習わなくてはいけませんね。




2010年05月03日 21:47

出張で思った事

五月二日、三日と国内大手楽器メーカーに出張に行って来ました。
これらの仕事の中に、アメリカ人講師の受講が有りました。通訳は、もちろんいます。
せっかく受ける講習です。アメリカ人講師は、とにかくわからなかったら、質問してくれという事でその講習は進んで行きました。
音楽についての講習ですが、若い受講生は、とにかくわからないとなるとドンドン質問していくのですね。とにかく休みにせっかく東京まで出て来て何かもとを取ってやるという雰囲気にまさしくTime is money.とは、この事を言っているのでしょう。
講師も手の内をハッキリと見せてしまう。いわゆる秘伝というものは、ないのでしょうか?
前向きで積極的な講習でした。

芹沢先生が見たら、びっくりしたでしょう。

明日は、芹沢先生の誕生日。

2010年05月01日 07:18

長谷川穂積敗れる。

 昨日行われた日本武道館でのWBCバンタム級チャンピオンがWBO(世界ボクシング機構)チャンピオン、フェルナンド・モンティエルに4回TKO(テクニカルKO、実際にダウンしていなくて、レフリィーが間に入ること)で敗れました。
 長谷川選手は、亀田選手とは違って、ボクシングというものの品格を上げたチャンピオンだった。相撲でいう横綱みたいなものだ。私は、好きなチャンピオンです。
 みなさん、覚えていますかK田兄弟。その独特な父親のボクシング指導法をテレビで紹介され、兄弟共々世界チャンピオンになりました。
 マスコミで煽られたのかも知れないけど、このK田という若者兄弟、又はその関係者の試合前後のあの挙動は、私をボクシングから遠ざけていった。プライドも捨てた、なりふりかまわないあの言動、表情はボクシングとは、こんなものだろうかと、後楽園から私は、離れていった。
 しかし、長谷川選手、一昔前にボクシングフィーバーした日本ライト級チャンピオンだった坂本博之選手は、違った。夢を与えてくれた。その言動、行いのすばらしさは尊敬に値するものでありましたし、現在でもそうです。
 長谷川選手のその厳しい練習内容で培われた技の巧みさは、見ていてほれぼれするものです。昨日もそうでしたが、ジャブを撃ちながら、相手の僅かなスキにするどくストレートを打ち込む。名人芸の一つです。モンティエルもそうです。スキを作った方が負けです。
 この日の試合も4回、残り10秒の合図を告げる直後、長谷川選手がスキを作ってしまった。モンティエル選手の左フックをあごに受けてしまった。腰から崩れかけたところ、さらに連打を浴びる。そして、レフリーがはいる。TKO。
 試合後、長谷川選手は「駆け引きが面白く、やっていて楽しかった。体調は、パーフェクト。負けたのは実力」。何一つ、言い訳をしなかった。

  さわやか。

 ところで、ここで文壇の話しになります。芹沢先生の生きてこられた時代の文壇は、一文学ファンの私から見れば、まるでK田関係者勢揃いの雰囲気だったのではないだろうか、私は、ボクシング界における長谷川選手や坂本選手が文壇における芹沢光治良という図式と重なってしまいます。

  芹沢文学愛読者としての思いこみですね。
 
  仕事に行ってきます。

2010年04月29日 07:43

2010年4月の月例会の後で

 こんにちは。4月25日(日)の月例会は、仕事でどうしても参加することは出来ませんでした。しかし、この日は、「総会」がある日です。仕事を終わらせて、「総会」に参加しました。
 久しぶりに皆さんに会いたく、仕事を終えて会場には6時過ぎに到着しました。
 「総会」では、いろいろなことが話し合われており、後日、代表の鈴木氏から報告があると思います。
 そのあとは、皆さんと少し飲みに行きました。
 東京の愛好会では、「トイレ掃除」について話題になります。というか、私が勝手に話しているだけではありますが・・・・。
 愛好会のTさんにある時、「毎日、トイレ掃除をやると小金がたまるよ」という事を耳にした私は、あれから半年以上毎日朝、トイレ掃除をやるようになりました!!!
 今では、2つのトイレ掃除だけでなく、寝室、子供の部屋、廊下、階段、台所、とその範囲は、広くなり毎朝1時間弱掃除機とぞうきん、バケツを持って働いております。
 今日も朝5時半に目覚めた私は、せっせと朝の掃除をやっていました。あっ、洗濯もやているんですね、私は。最近は、干し方にこだわりを持つようにもなりました。
 朝、玄関から廊下、階段がきれいになった事を確認して仕事に行くのが、楽しみになっています。
 それで、「小金はたまるのだろうか」って?
 それは、・・・・(笑)です。

 今日も仕事に行ってきます。 

2010年04月20日 20:37

岡様からのお知らせです。

皆様、 ご無沙汰しております。春が今年は本当にゆっくりしてますように
感じますが、花と緑には、春が訪れております。ご機嫌いかがでいらっしゃい
ますか?さて、沼津のお知らせです。
1、沼津市芹沢光治良記念館の展示がかわります。
  4月24日から8月31日まで、芹沢光治良ポートレート展です。
  芹沢文学愛好会代表、鈴木春雄様のご尽力による展示で、
  どんな顔の頃、父があの作品を書いていたとヒトメで分ると
  思います。きっと芹沢文学入門者(??)が・・・・・・・ことでしょう。

2、5月1日(土)夜9時から10時、テレビ東京、「出没アド街ック天国」
  キャスター愛川番組が「沼津」です。沼津の召上がり場所がよくわかる
  と思いますが、その番組に記念館も父のポートレートも登場の様子です。

春から夏へのお出掛け場所のひとつによろしくお願いします!岡玲子 

2010年04月04日 22:52

2010年5月のマグノリアです。

サクラの花が綺麗に咲いております。春で
す! ご機嫌よい毎日とお慶び申し上げま
す。父の誕生日記念のご案内でございます。

☆ 2010年5月5日(水) 午後2時
  芹沢文学・私のメモ  講師 小平祐

半世紀以上芹沢文学を読み続けておいで
で、『私の中の富士』の著者小平祐様に、
今年の誕生日記念の講師をお願い致しま
した。文学に深いご造詣をもっていらっしゃる
小平様は、世界農薬工業連盟副会長を
務められました。皆様のご参加お待ちして
おります。茶菓子等の準備のためご出席下
さいます方は、ご連絡願います。(4月8日から
17日までは、すみませんが留守中です)
会費は2000円頂戴させて下さい。
ありがとうございます。岡玲子
p.s. 6月12日、7月17日を予定してます。

2010年03月25日 07:39

芹沢文学愛読者短信第179号

 名古屋から愛読者通信が届きました。


芹沢文学愛読者短信
                               2010 3-22
芹沢文学愛読者の会

第32回芹沢文学愛読者の会 新年会(1月17日)出席者47人(ホテルソシア名古屋ターミナル)東京、神奈川、千葉からもご出席くださいました。

勿忘草(わすれなぐさ)
恵那  野田澄江

水色に咲ける花こそ優しけれ
  勿忘草と教へたまへり
宮 柊ニ
 
 私は水色の小さい花、わすれな草が好きです。立春過ぎても時折雪の降る当地ですが、玄関の内に置くプランターには、今日も十センチ程に草丈の伸びたわすれな草の水色の花が咲いています。
 菅原洋一さんの歌う「忘れみぐさをあなたに」のやさしい静かな調べが好きで毎晩CDを枕元に置き、聞きながら眠ります。
 何年通っても上達しないエレクトーンのレッスンには、最初にこの曲を弾きます。若い先生の「何か一曲、しつかり弾ける曲があればいいの」に甘えています。楽譜には宮先生のあの歌を書いてあります。
 香い日の大切な思い出を胸に、生涯私はこの花と調べを愛しんで参ります。

「人間の運命」読書会100回紀念
前田 操

「人間の運命」 の読書会は、今年の二月で100回を迎えることができました。毎回一章のみの勉強で、出席者がそれぞれ順番に音読することから始まります。これまでの100回は、芹沢先生が一マスずつ、原稿用紙を耕してくださったものでお百姓さんへの想いにも通じます。
 音読は前半の一時間半で終了、休憩の後で感想を述べます。各々、声色が違うように、その方の育った環境、生き方、性別などで焦点が違い、それが感想を楽しむ原点です。
 このように毎月、順調に参りましたのも、基盤である芹沢文学愛読者の会の皆様に支えられたお陰です。会場の港囲図書館のある場所は38年前、安井様によって愛読者の会が誕生して、のちには芹沢、井上文学館の紹介展も行われました。
 芹沢先生の処女作ブルジョアの舞台はコー。読者の会の聖地も同じく港(コー)。「人間の運命」を読み継ぐ港として、芹沢文学を心の杜とする愛読者による読書会です。
         〔平成22年2月24日〕

新年会に出席して
副田 守

 正月が終わり新年会を楽しみに、あと何日あと何日と待ち続けていました。いよいよ当日、近鉄の車窓からツインビルを眺めると、心はやります。名古屋駅で稲垣芳子さん、芹沢文子先生とばったり、再会を喜びあいました。
 会場にはいつもの顔ぶれの人たちの元気なお姿、一人一人だきしめたい思いでした。その中であの人もこの人も欠席されたと、一抹の寂しさも。「副田さんに逢いたくてきました」と、千葉の野口さん。一つ年上ですが同じ学年との事ですぐ打ち解けて話に花が咲きました。
 会場の皆さんにプレゼントするため、昨年から増やして育てた植物、今年は「夜の女王」。朝顔のように支柱を立て、柱にはいめぐらせると三年で六メートルに伸びて、夜に三十センチ位の白い花を咲かせます。もう一つの多肉植物は、「仔持ちベンケイ」 これを配り終えると、やれやれと安心します。
 「菊根分け、あとは自分の土で咲け」吉川英治「元気に大きく育ち花を咲かせて喜んでもらうのだよ」と、娘を嫁に出す気持ちです。来年はこの植物を差し上げようと育て、私が作った封筒に妻が入れますが、あと十年は差し上げられます。
 皆様の楽しいスピーチですが、私はいつも失敗ばかりです。司会の後藤さんが、それをうまくフォローしてくだざるのが、すくいとなつています。新年会でもバス旅行でも、もう楽しみは終わってしまったと、さみしさと泣きたくなる気持ちで家路を急ぐ私です。

春の芹沢文学バス旅行

木曽の花桃
4月22日(木)
別紙添付案内のように、木曽の「はなもも街道」です。高速道路の混雑を避け、平日にしました。ご了承願います。

新年会・会場について
 新年会の会場「ホテルアソシア名古屋ターミナル」の建物が、立て替えられます。そのため来年は、名古屋駅前の愛知県産業労働センター(ウインクあいち)を予定しています。新年会実施日
2011/1/16(日)
桃源郷を独り占め

およそ一年前のことでした。朝日新聞の夕刊を読んでいた妻が突如声張り上げて「新年のバス旅行は絶対ここに!」と言うのです。彼女の大きな声に誘われて私も新聞を手にしました。村全体がピンクと白に染まる夢の世界のようなカラー写真に目を奪われました。今の世にこんな桃源郷が、それも名古屋から日帰りで行ける距離にあるのが嬉しい驚きでした。新聞写真にしばし絶句・・・この感動を皆様にお届けしたく、今回はパンフレットを同封致します。今年の春は花・花・花の一日を皆様とご一緒にゆったりのんびり過ごしましょう。帰途は妻籠宿を散策し、前田青邨記念館を立ち寄る予定です。なお、土・日は混雑が予想されますので今回は平日に設定しました旨ご了承くださいませ。
 日時:4月22日(木)8:30名古屋駅前集合 19:00名古屋駅着
 会費:お一人¥5,000(昼食代を含みます)
 お申し込みは4月10日までに平石政行迄願います。

はなもも街道とは
赤白ピンクの三色に咲き分ける花桃は、電力会社社長であった福沢桃介(福沢諭吉の娘婿)が、ドイツのミュンヘンで華麗に咲く三色の花桃を見かけ、その美しさに魅せられ3本の苗を購入し帰国、木曽の発電所庭に植えたのが始まりと言われています。
伊那谷と木曽谷を結ぶ国道256号線は「はなもも街道」と呼ばれ、飯田IC周辺から、水引の里、天竜峡、伊那谷道中、阿智村(駒場、昼神温泉、月川温泉)、清内路を通り南木曽町(富貴畑温泉、南木曽
温泉、妻籠宿)までの街道沿いに数千本の花桃が植えられています。

hana.JPG

2010年03月04日 19:08

大分の読書会からのお知らせです。

芹沢文学読書会
案内通信
   No82
 2010年2月28日
 (平成22年)

  2月便り  一春うらら‥…一 驚の声に 聴き惚れし一
 如月としては異例の大雨が上がり、今日は爽やかな春の陽が射しています。梅の花も満開です。ハイチ地震に続き、チリ沖地震の津波が日本にまで寄せています。
 前回の1月10日の芹沢文学読書会は、沖縄から伊仲さんを迎え、熊埜御堂さんも久し振りに参加されて、活気のある読書会となりました。テキストとしては、新潮社版の『芹沢光治良文学館9』(短篇集)の短編小説「夢のかよいじ」を読み語りました。国文学の研究に没頭している父、千鶴子を音楽家にしようとする母、一高の理甲に入学した兄の勝夫、ものを書く女になりたいと思う妹の千鶴子。兄に語りかける形式の短編で、深刻なテーマは有りませんが、淡々とした愛すべき小品です。
フリートークとして、「芹沢文学 最近読んだ作品・一番好きな作品」について語りました。お年玉としての資料「大河小説『人間の運命』をお渡ししました。伊仲さんは、『人間の運勧の全16巻と中期自伝的三部作『弧絶』『離愁』『故郷』も読了したとのこと。中村さんは長編小説『運命の河』を読み、古賀さんは『巴里に死す』が一番好きな作品として挙げました。その他の作品も多く語られました。
 今回は、短編小説「雪空」を読み語りたいと思います。『芹沢光治良文学館9』(短篇集)収録されています。昭和16年1月5日・15日合併号の週刊誌「サンデー毎日」に発表された作品です。都合をつけまして気楽にご参加下さい。
 芹沢文学に関心のある新しい会員も歓迎します。どうぞ、お誘い下さい0
                                                          
   第82回・芹沢文学読書会
①日時 3月14日(日)〔原則的には奇数月の第2日曜日〕
②会場 大分県立図書館 研修室No4 10:00~12:00AM
③内容;〔1〕芹沢光治良先生のお話(カセットテープ)10:00~10:20
     1977年11月5日に沼津市我入道の芹沢文学館で行われた文芸講演会
 「一本のたんぽぽ」芹沢光治良先生のお話。*前回の残りを聴きます。
〔2〕芹沢文学読書会 10:20~12:00  担当・司会 小串信正
 ○テキスト;短編小説「雪空」
 初出;昭和16年1月5日・15日合併号の週刊<サンデー毎日>に発表。
    
 初刊;昭和16年9月6日博文館発行の短編集『魚眼』に収録された。
 再販;『芹沢光治良文学館9』平成9年2月10日新潮社発行に再録。
    335頁-346頁。戦争未亡人の問題をテーマにした作品。唐木八郎は学友の
    中尾が婚約者がいるのに野村節子と見合いします。中尾は結婚し北支で戦死しま   す。節子の夫も事変で戦死しました。節子は女学枚の先生とし.自活しますが、中   尾夫人の二階に下宿し、中尾の歌集を出版したいとか。
    =次回は、特別に第3日曜日の5月16日(日)の予定です。= ;
◎同封資料;随筆「我が宗教」芹沢光治良 昭和28年6月30日要書房発行の『幸福への招待』に収録。142-144頁。天理教に育てられ、ヨーロッパへの留学と闘病でカトリックに触れた芹沢氏の宗教観。 *コピー機が新しいものになりました。

 芹沢文学・大分友の会 *問合わせなどは土・日・月曜日に。
 連絡先:メールして下さい。

芹沢文学大分友の会会報 No81 ふ じ
                          2010(平成22)年 2月28日
                            文 章  小 串 信 正
☆第81回・芹沢文学嘗売書会の報告   #♭J&
第81回の「芹沢文学読書会」を1月10日(日)の午前10時から県立図書館の研修室No4で開きました。芹沢光治良の講演録音テープは、1977(昭和52)年11月5日に沼津市我入道の芹沢文学館で行われた文芸講演会「一本のたんぽぽ」の続きを聴きました。沼津中学の一年後輩で天才の北川三郎君は、鹿児島の士族出身で、『世界文化大系』の大著を翻訳しましたが、貧しい女給を援助しようとして、富士山麓で心中してしまいます。立派な学者になって、様々な業績が期待される人だったとか・‥。
 沖縄から伊仲誠保さんが参加され、大河小説『人間の運命』の全16巻を読破し、留学や結核闘病の頃を自伝時に書いた三部作『弧絶』『離愁』『故国』も読まれたとのこと。熊埜御堂さんもほぼ一年ぶりに参加され、活気のある読書会となりました。
 読書会のテキストは『芹沢光治良文学館9』の短編小説「夢のかよいじ」を読み語りました。この作品は、昭和16年7月号の雑誌<むらさき>に発表されたもので、妹の千鶴子が兄の勝夫に語りかけるように書かれています。国文学の研究に没頭する父に愚痴を言う母が、千鶴子を音楽家にしようとしますが、千鶴子はものを書く人(作家)になりたいと思い試作をしたりしています。深刻なテーマはなく、戦時中の身辺小説と言えます。この短編小説は、同年9月6日発行の『魚眼』に収録されました。
 この後、フリートークとして、「芹沢文学 最近読んだ作品・一番好きな作品」を参加者に語ってもらいました。資料として「大河小説『人間の運命』の出版日録」(B4判2枚)を渡しました。大河小説『人間の運命』の他に、『巴里に死す』『運命の河』など様々な作品についての話が出ました。
 読書会のあと、和風レストラン「折鶴」でランチセットを食べながら「新年会」を持ちました。楽しい語らいの時を過ごしました。伊仲誠保さんを私小串が大分駅まで送りました。この時の写真を今回の読書会でお渡ししたいと思います。

☆平成21年度の年会費の納入をお願します。
 新年度の会費が未納の方は、年会費1200円を読書会にご持参下さい。会に参加出きない方は、既同封振替・払込取扱票で納入して下さい。寄付は自主的なものですが、受け入れます。どうぞ、よろしくお願いします。退会の方は、御一報下さい。

☆<芹沢文学案内No45> 野沢朝子著『山荘』(2010年1月20日発行)
芹沢光治良氏の次女の野沢朝子さんが、父への思い出を書き、一冊の単行本『山荘』として自費出版されました。「はじめに」「Ⅰ回想17章」「Ⅱ詩 6篇」「おわりに」の構成で、全110頁。「山荘(SANSO)」とは、星野温泉の芹沢家の別荘です。「はじめに」の題は短歌「病みてよりこころ弱りて山荘に父の香のこる机待ちてあり」が使われています。「Ⅰ回想17章」の章題も短歌が使われています。
「思えば終戦の年にこの軽井沢で死んでいたかもしれない身を、父の献身的な看病と祈りによって臨死から救われて以来六十四年、走りすぎた年月であった。」「夏がきて山荘に落ち着き、父の座っていた椅子に腰掛け、ぽんやり樹木を見ていたある日、思いついた。父への思いを自分一人の胸にしまい込んでおかないで、まだ忘れていなことを、ここ軽井沢で書いておこうか。」「連日空襲警報が流れるようになった東京に、最後まで残っていたのは父と私であった。」「平和主義者であった父にはつらく生き難く、身を潜めて暮らすしかなかった。」「父の祈りに対して、このような形で大自然が応えてくれたように思える。」「父がいっも一緒に行動して家族の核となってくれていたから、ユートピアのように思い出されるのだろう。」「アテネ・フラセでは夫との出会いもあった。」など、飾らない文体で貴重な体験談が綴られていて、芹沢文学の愛読者にとって素顔の芹沢光治良氏を知るための読本と言えます。

大分の読書会からのお知らせです。

芹沢文学読書会
案内通信
   No82
 2010年2月28日
 (平成22年)

  2月便り  一春うらら‥…一 驚の声に 聴き惚れし一
 如月としては異例の大雨が上がり、今日は爽やかな春の陽が射しています。梅の花も満開です。ハイチ地震に続き、チリ沖地震の津波が日本にまで寄せています。
 前回の1月10日の芹沢文学読書会は、沖縄から伊仲さんを迎え、熊埜御堂さんも久し振りに参加されて、活気のある読書会となりました。テキストとしては、新潮社版の『芹沢光治良文学館9』(短篇集)の短編小説「夢のかよいじ」を読み語りました。国文学の研究に没頭している父、千鶴子を音楽家にしようとする母、一高の理甲に入学した兄の勝夫、ものを書く女になりたいと思う妹の千鶴子。兄に語りかける形式の短編で、深刻なテーマは有りませんが、淡々とした愛すべき小品です。
フリートークとして、「芹沢文学 最近読んだ作品・一番好きな作品」について語りました。お年玉としての資料「大河小説『人間の運命』をお渡ししました。伊仲さんは、『人間の運勧の全16巻と中期自伝的三部作『弧絶』『離愁』『故郷』も読了したとのこと。中村さんは長編小説『運命の河』を読み、古賀さんは『巴里に死す』が一番好きな作品として挙げました。その他の作品も多く語られました。
 今回は、短編小説「雪空」を読み語りたいと思います。『芹沢光治良文学館9』(短篇集)収録されています。昭和16年1月5日・15日合併号の週刊誌「サンデー毎日」に発表された作品です。都合をつけまして気楽にご参加下さい。
 芹沢文学に関心のある新しい会員も歓迎します。どうぞ、お誘い下さい0
                                                          
   第82回・芹沢文学読書会
①日時 3月14日(日)〔原則的には奇数月の第2日曜日〕
②会場 大分県立図書館 研修室No4 10:00~12:00AM
③内容;〔1〕芹沢光治良先生のお話(カセットテープ)10:00~10:20
     1977年11月5日に沼津市我入道の芹沢文学館で行われた文芸講演会
 「一本のたんぽぽ」芹沢光治良先生のお話。*前回の残りを聴きます。
〔2〕芹沢文学読書会 10:20~12:00  担当・司会 小串信正
 ○テキスト;短編小説「雪空」
 初出;昭和16年1月5日・15日合併号の週刊<サンデー毎日>に発表。
    
 初刊;昭和16年9月6日博文館発行の短編集『魚眼』に収録された。
 再販;『芹沢光治良文学館9』平成9年2月10日新潮社発行に再録。
    335頁-346頁。戦争未亡人の問題をテーマにした作品。唐木八郎は学友の
    中尾が婚約者がいるのに野村節子と見合いします。中尾は結婚し北支で戦死しま   す。節子の夫も事変で戦死しました。節子は女学枚の先生とし.自活しますが、中   尾夫人の二階に下宿し、中尾の歌集を出版したいとか。
    =次回は、特別に第3日曜日の5月16日(日)の予定です。= ;
◎同封資料;随筆「我が宗教」芹沢光治良 昭和28年6月30日要書房発行の『幸福への招待』に収録。142-144頁。天理教に育てられ、ヨーロッパへの留学と闘病でカトリックに触れた芹沢氏の宗教観。 *コピー機が新しいものになりました。

 芹沢文学・大分友の会 *問合わせなどは土・日・月曜日に。
 連絡先:メールして下さい。

芹沢文学大分友の会会報 No81 ふ じ
                          2010(平成22)年 2月28日
                            文 章  小 串 信 正
☆第81回・芹沢文学嘗売書会の報告   #♭J&
第81回の「芹沢文学読書会」を1月10日(日)の午前10時から県立図書館の研修室No4で開きました。芹沢光治良の講演録音テープは、1977(昭和52)年11月5日に沼津市我入道の芹沢文学館で行われた文芸講演会「一本のたんぽぽ」の続きを聴きました。沼津中学の一年後輩で天才の北川三郎君は、鹿児島の士族出身で、『世界文化大系』の大著を翻訳しましたが、貧しい女給を援助しようとして、富士山麓で心中してしまいます。立派な学者になって、様々な業績が期待される人だったとか・‥。
 沖縄から伊仲誠保さんが参加され、大河小説『人間の運命』の全16巻を読破し、留学や結核闘病の頃を自伝時に書いた三部作『弧絶』『離愁』『故国』も読まれたとのこと。熊埜御堂さんもほぼ一年ぶりに参加され、活気のある読書会となりました。
 読書会のテキストは『芹沢光治良文学館9』の短編小説「夢のかよいじ」を読み語りました。この作品は、昭和16年7月号の雑誌<むらさき>に発表されたもので、妹の千鶴子が兄の勝夫に語りかけるように書かれています。国文学の研究に没頭する父に愚痴を言う母が、千鶴子を音楽家にしようとしますが、千鶴子はものを書く人(作家)になりたいと思い試作をしたりしています。深刻なテーマはなく、戦時中の身辺小説と言えます。この短編小説は、同年9月6日発行の『魚眼』に収録されました。
 この後、フリートークとして、「芹沢文学 最近読んだ作品・一番好きな作品」を参加者に語ってもらいました。資料として「大河小説『人間の運命』の出版日録」(B4判2枚)を渡しました。大河小説『人間の運命』の他に、『巴里に死す』『運命の河』など様々な作品についての話が出ました。
 読書会のあと、和風レストラン「折鶴」でランチセットを食べながら「新年会」を持ちました。楽しい語らいの時を過ごしました。伊仲誠保さんを私小串が大分駅まで送りました。この時の写真を今回の読書会でお渡ししたいと思います。

☆平成21年度の年会費の納入をお願します。
 新年度の会費が未納の方は、年会費1200円を読書会にご持参下さい。会に参加出きない方は、既同封振替・払込取扱票で納入して下さい。寄付は自主的なものですが、受け入れます。どうぞ、よろしくお願いします。退会の方は、御一報下さい。

☆<芹沢文学案内No45> 野沢朝子著『山荘』(2010年1月20日発行)
芹沢光治良氏の次女の野沢朝子さんが、父への思い出を書き、一冊の単行本『山荘』として自費出版されました。「はじめに」「Ⅰ回想17章」「Ⅱ詩 6篇」「おわりに」の構成で、全110頁。「山荘(SANSO)」とは、星野温泉の芹沢家の別荘です。「はじめに」の題は短歌「病みてよりこころ弱りて山荘に父の香のこる机待ちてあり」が使われています。「Ⅰ回想17章」の章題も短歌が使われています。
「思えば終戦の年にこの軽井沢で死んでいたかもしれない身を、父の献身的な看病と祈りによって臨死から救われて以来六十四年、走りすぎた年月であった。」「夏がきて山荘に落ち着き、父の座っていた椅子に腰掛け、ぽんやり樹木を見ていたある日、思いついた。父への思いを自分一人の胸にしまい込んでおかないで、まだ忘れていなことを、ここ軽井沢で書いておこうか。」「連日空襲警報が流れるようになった東京に、最後まで残っていたのは父と私であった。」「平和主義者であった父にはつらく生き難く、身を潜めて暮らすしかなかった。」「父の祈りに対して、このような形で大自然が応えてくれたように思える。」「父がいっも一緒に行動して家族の核となってくれていたから、ユートピアのように思い出されるのだろう。」「アテネ・フラセでは夫との出会いもあった。」など、飾らない文体で貴重な体験談が綴られていて、芹沢文学の愛読者にとって素顔の芹沢光治良氏を知るための読本と言えます。