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作品 アーカイブ

2006年12月30日

芹沢光治良氏の短編

12月3日のマグノリアでは、勝呂氏は「評伝芹沢光治良」について語ったあと、芹沢光治良氏の短編について話しが及びました。 芹沢光治良氏の短編は、およそ1000編あると言われています。管理人は、すべて読むつもりです。この中で、勝呂先生は、「死者との対話」 について注目され、作品論を書き始めました。

「それからあのー何を読み手によって見方は様々でいいわけですけど何がその重要な作品であるかということを見極めて重点的に論ずる、 それがその芹沢光治良という作家像とうまくつながってくれればそれに越したことはないということですね。そんなふうな考え方に渡って、 まず出来ることから始めてみようというふうに考えてであの、先頃「死者との対話」について一応書いてみたわけです」

 勝呂氏は、マグノリアでも講演したことがある秦氏、大江健三郎先生とは別の方法をとってこれらにせまっていくと話されました。 言うならは作家の先生方は作品を自分はどう読んだかそれだけを論じればいいところがある。 芹沢先生がこの作品をどういうふうに書いていったかと言うところの作品の作られ方の視点で「死者との対話」にせまっていくそうです。

 

 新しい「奏」に、『死者との対話』論が載っています。私の手元にはまだありませんので、手に入ったら紹介させていただきます。

 『評伝』を書き上げた勝呂氏は、これから芹沢光治良の作品論について展開していきます。この日の講演では、鈴木文史朗氏のこと、 これと関連した 『塩壺』、人間の運命の14巻支持者としての話し、 芹沢光治良が中学受験に願書を出した日など様々な話題に触れていきました。これからも益々注目していきたいと思います。

2007年05月12日

芹沢文学読書会 案内通信No65

4月便り     柿若葉(かきわかば) 薫風(くんぷう)に擦(ゆ)るる 陽光(ひかり)かな
 

桜の花が散り、春の盛りとなりました。4月の半ばになって、思わぬ雪が阿蘇山や大分県の山間に降ったりと異常気象ですか、 お元気にお過ごしのことと思いますc
 3月の読書会は、長篇小説『巴里に死す』を読み語りましたが、参加者が少なかったのは残念に思われました。各自で、 この代表作を家庭でもお読みいただいたことと思います。2ケ月に1度の読書会ですので、どうか予定に入れて御参加下さい。
 『巴里に死す』は、戦中の昭和17年の1年間、雑誌<婦人公論>に連載されました。エドワール・エストニエ氏への献辞は、 初出と単行本収録では改稿されています。発表の雑誌(新年号)を持参して、参考資料として回覧しました。長編小説『巴里に死す』の出版目録 (今回の同封資料)のように、単行本・文庫本・文学全集本・作品集・文学館など沢山出版されました。フランス語・中国語・ ロシア語などに翻訳もされています。詳細な部数は不明ですが、おそらく三首万部は刊行されているものと思いますから、 ロングなベストセラーだと言えます。私は、日本文学での名作だと思っています。『巴里に死す』が、 もっと文学史で高い評価がなされるべきだと思います。遠藤周作氏や加賀乙彦氏は、高く評価しています。
 5月の次回の読書会は、随筆(紀行文)「支那の旅(日本人の監獄・支那の子供)」「支那から帰って」を読み語りたいと思います。この旅は、 雑誌<改造>の特派員として各地を巡回しましたが、長編小説『愛と死の書』の取材でもありました。
 第2日曜が母の日ですから、今回は第3日曜です。どうか、お出かけ下さい。また、芹沢文学に関心のある新しい知人・友人なども、 読書会にお誘い下さい。

   第65回・芹沢文学読書会
 ①日時;5月20日(日)    10:00~12:00AMⅠ
 ②会場;大分県立図書館 研修室No4 〔今月は第3日曜日です〕
 ③:内容;〔1〕芹沢文学に関する録音テープ  10:00~10:30
   〔1〕平成4年11月15日の柴田徳衛先生の文芸講演「芹沢文学に接して-最近の日本」の後半を聴きます。 柴田          
      先生は、東京都立大学の教授から東京都の公害研究所所長等を務めました。当時、東京経済大学教授。
   〔2〕芹沢文学読書会 10:40-12:00 担当司会 小串信正
  〇テキスト;随筆紀行文)「支那の旅」「支那から帰って」 初出;昭和13年7月ですが、掲載雑誌は不明。
    刊本;『収穫』昭和16年12月11日東峰書房発行。「愛する社会」に。
   再版;『芹沢光姶良文学粛11』(総題『文学と人生』)に再録。平成8年6月10日新潮社発行。P.9~P22
         *当日部分的には読みますが、通して読んで来て下さい。
  =次回は、7月8日(第2日喝日〕10:00~12:00の予定です。;=

◎同封資料;参考資料「長編小説『巴具に死す』出版目録」小串信正作成。雑弦の写真は<婦人公論>(昭和17年新年号)です。* この機会に、打巴里に死す』を再読してみましょう!*聞合わせや申込みなどは下記小串に電話を(午前中).
 芹沢文学・大分友の会
  当HP管理人にメールをして下さい。御案内します。

2007年05月15日

芹沢文学・大分友の会 会報 No64 ふじ

2007(平成19)年 4月24日
   文責  小 串 信 正

☆第64回・芹沢文学読書会の報告
 第64回の「芹沢文学読書会」を、3月11日(日)の午前10時から、県立図書館の研修室No4で開きました。 平成4年11月15日の柴臣徳衝先生の文芸講演「芹沢文学に接して-最近の日本」のテープを聞きました。柴田先生は、 若き日に芹沢部に集った一人ですが、東京都立大学の教授から東京都の公害研究所所長等を務めました。大河小説『人間の運命』 の創作の参考資料としての詳細な年表を作成して芹沢光姶良氏に提供しました。それに感謝して芹沢先生は、「 『人間の運命 第三部第二巻 再会』あとがさ一若い友S君に-」を書いています。また、『芹沢光治良文学館3』
の月報に「芹沢先生との結びつき」を柴田徳衛氏が寄稿しています。
 テキストとして、長編小説『巴里に死す』を読み語りました。まず、同封資料の「解説(遠藤周作)」を読みました。参考資料としての 「長編小説『巴里に死す』の出手数目録」を渡し解説をしました。『巴具に死す』は名作で、長期にわたるベストセラーであったことを、 改めて確認しました。戦中の昭和17年の1年間に、雑誌<婦人公論>に連載されたのですが、舞台がフランスやスイスであることもあり、 戦争の影がなく純粋な生きざまが創作されています。「伸子」を「のぶこ」とせず「しんこ」としたことに、「伸」と「神」 の関連を小串が改めて指摘しました。 また、「中期三部作(孤絶・離・故国)」と表裏一体の作品ですから、 これらの三部作も一緒に読むことも勧めました。そして、『母を恋う-パリに生く -』(昭和23年8月15日偕成社発行) もあることを紹介しました。
 次回は、随筆一(紀行文)の「支那の旅(日本人の監獄・支那の子供)」「支那から帰って」を読み語りたいと思います。随筆集『収穫』 (昭和16年12月11日東峰書房発行)の「愛する社会」に収録され出版されました。これは『芹沢光治良文学館11』(総題『文学と人生』) に再録されていますので、これをテキストにしたいと思います。この昭和13年の支那への旅は、長編小説『愛と死の書』の第三章「孤雁」 の創作のための取材旅行でもあったのです。短篇小説「草笛」「南寺」も書かれました。
 最近、読書会を休んでおられる方も、是非とも都合をつけまして御参加下さい。

☆芹沢文学愛読者交流会・全国大会10月6~8日
 今年は、作家芹沢光姶良先生の生誕111年であり、芹沢(光治良)文学愛好会の創立30周年でもあります。それで、 芹沢文学愛好会を中心にして、東京に全国の友の会や読書会の愛読者が集って、第6回の「芹沢文学愛読者交流会・全国大会」が、10月6・7・ 8日に2泊3日で開催されることになりました。7日の記念講演を作家加賓乙彦先生か『巴里に死す』と私」 の題でしていただけることか決定しました。
加賀先生は、東京生まれで精神科医で、パリに留学し、文学に志します。『フランドルの冬』 『帰らざる夏』『宣告』『湿原』『永遠の都』 などの小説や『文学と狂気』『ドストエフスキー』などの評論など多数の著作を書いています。『巴里に死す』や大河小説『人間の運命』 などを高く評価しています。 この全国大会に小串も参加し、芹沢文学・大分友の会(芹沢文学読書会)のことを報告したいと思っています。

☆<芹沢文学案内No33> 『長編小説一つの世界一サムライの末裔-』
 昭和25年の日本ペンクラブ広島大会に参加した芹沢氏は、原爆の惨事などを長編小説『一つの世界一サムライの末裔-』に創作しました。 昭和29年4月25日に中央公論社より発行。『巴具に死す』の仏訳の成功のあと、この長編小説を仏訳してロベール・ ラフオン社から出版しました。その額には「サムライの末裔Jの方が使われました。好評で迎えられ、「ピカドン」が仏語でも使われました。 この長編小説は、『芹澤光治良作品集』『芹沢光治良文学館』にも再録されています。一読下さい。

2007年09月26日

管理人が選ぶ芹沢光治良の名作「懺悔記」

 芹沢光治良の作品で管理人の私が好きな作品は、懺悔記です。作品の内容は、芹沢文学館のHPに書かれています。

 管理人の私は、その感想を書かせていただきます。

 この作品の後半部分は、節子さんとの恋と失恋、ヨーロッパ、妻とのかかわり、とにわかれ、 静夫君との事などをめぐっていきますが、それを通して神との関わりをさぐり姉の信仰と対比させ本当の信仰生活、 又信仰を持った生き方とはどういうものかと最後にまとめています。

 岩尾さんとの真摯に向き合う姿勢にはすがすがしいものがありますが、 まず節子さんとの結婚の為に自己を犠牲にして浮いた態度を一つも見せない。これも身についた信仰の為だろうが、 失恋しても愛すると言うことは相手の幸福を願う事と自分に鞭打つ態度は本当にスイトックです。

そして、ヨーロッパに旅立ち、悟るように、白雲が浮き立っては消える様に、 はかなさや今この一瞬の大切さを見たのかもしれません。作家になる決意を強くし、無形なものを信じて生涯をかけることは、 父の信仰と変わらないと悟り「この世の善きもの美しきものは総てこうした人々のまことでつくられる」と感じる。 これがひとつのポイントになっている様な気がします。

そして、アッシジで本当の信仰生活を知り、その中での愛を理解します。

しかし、帰国後は悟りも忘れ、経済活動に忙殺されて、あんなに真摯だった結婚問題をも人任せにし、 その結果不幸なことになってしまう。

もう一度神を取り戻したのは、実母の遺言の言葉からです。そして、妻を幸福の中で看取り、信仰の形を理解する。

信仰とは姉のように形式的なものではなく生き方にある。他人を説かず、 平凡な日常生活に仄かな光芒を発するようになればいいと。

しかし、又、それを忘れたように感じます。その信仰心のように静夫君を育てれば良かったのに、 岩尾さんは全身全霊であたってしまった。自分が出来なかったことを静夫君に為し遂げてもらおうと期待した。 その思いが強ければ強いほど重圧になる、それに加えてこの時代は国の為に死ぬことが第一義に考えられていた時代ですから、 静夫君は追いつめられていったのではないか。

岩尾さんの誤解は、静夫君が岩尾さんの無為に暮らすのを苦にしたのではなく、 静夫君が自分に自信がなく岩尾さんの期待を裏切る事になって、そのためペールの一生を台無しにしてしまうと危惧したのではないか。

岩尾さんはそれら哀しみを胸におさめた上で、本当の信仰生活を実践する。

その契機は故郷の自然にあった。自然信仰、多神教のように自然を神として捉え、 その一部分であると自分の存在を再発見する。そしてアッシジで感じた愛をここで又発見し、 アッシジの人々のような飾らず形式張らない生活に根ざした信仰を持ち、力強く精一杯暮らしている姿が描かれている。 本当の人間らしい生活や美しさを、私達はここで教えらえると思います。そしてそこに読んでいる私達もすがすがしさを感じ、 「この世の善きもの美しきものは総てこうした人々のまことでつくられる」と言う言葉に納得できるのです。

                                                                             終わり

2007年10月01日

教祖様 (第9,10章から)

 全国大会では芹沢光治良の作品を手に取って見ることが出来るように芹沢作品を用意します。現在出版され入手可能なものです。 『教祖様』もその一作品です。

 教祖様の最終章の感想を書きます。この記録は11年前の平成8年4月21日に書いたものです。 この2週間後に生誕100周年の全国大会が行われました。

 なぜみきは、寿命を縮めて死んでしまったのか。疑問を持ちながら読んでみたのですが、 それはどうもみきがあまりにも優しく母親的であったからではないかと思います。

 9章の始めに側近者は、道の上でみきに喜んでもらいたい、または、 苦労をかけたくないという理由から公認問題ばかりに努力してそれを正当化する為に、必要以上に警察を恐れたとありますが、 もう一つ理由があったのではないかと思います。

 それは、みきの信者がふくれあがり、全国に広まり大きな組織になってしまったということです。この間までは、 平凡な農夫に過ぎなかったものが、取り次ぎの先生と全国からやってくる人々にあがめられる。その人々がお布施を持ってくる。 きっと知らず知らずにお寺と檀家のように所有物という考え方が生まれ、お筆先を読むより、 組織の運営に心をとられたそのための公認問題ではなかったかと感じます。そうでなければ、公認に反対し、 それどころか高山に道をつけると勇んでいるみきを見れば間違っていることが判るはずですし、そもそも警察の弾圧は、 高山に道をつけるだけではなく、信仰を強くするという効果もねらっていたのではないかと思います。

 大戦中、ナチのアウシュビッツの収容所で身代わりに死刑を受けたコルベ神父が迫害され試練の惨禍に遭ってこそ、 信仰は燃え上がると言って、収容所から帰らないことを決めるのですが、そういう効果を期待した上での弾圧だとしたら、 まるで逆の方へ行ってしまっていることにもなります。

 ではなぜ、そんあことになってしまったのかといえば、みきが優しい母親で子供が甘えて親離れできなかったからではないか、 父親はかんじんな時に、怒ったり褒めたりして、要所要所を押さえている為、印象も強く心に残ります。 これはキリストの短いが強い印象を残した布教期間と同じで、それに対して、母親は、のべつまくなしだらだらと怒り、ずっと側にいるので、 つい親しみを込めて、軽く扱われてしまう。

 みきの50年近い信仰生活は、信者とあまりにも慣れ親しみすぎてしまった。みきの言葉や資料が残っていないのもそのためではないか。 信者にとって、威厳を持って、恐ろしく感じてもやはり母親には、変わりなくきっと許してくれる。だだをこねれば、 承知してくれるという母親に対する甘えが最後まで無くならなかった。みきとしては、 成人した子供が親を助けるように側近者に手助けしてもらいたいとおもっていたが、だだっ子で終わってしまった。その愚痴が 「私を助けようとする人は、一人もありません」と言わせたのではないかと思います。 そんな親離れできない子供達の為にみきは寿命を縮めて亡くなり、 キリストの復活のように残った人々が命を省みないほど信仰を厚くしてくれることを望んだのですが、 いつまでも母親に甘えたいための復活で終わってしまう。ここにいるんだ。

 生活しているんだと思いこむことで寂しさや辛さをごまかして依然と変わらずだだをこねれば、 許してくれると教えをゆがめて明治経典を作らせてしまうのでないかと思いました。

2010年01月15日

芹沢朝子様からの感動する本です。

sansou.JPG

 いつも送られてくる愛好会の封筒の様子が変わっていて、あれっと思っていたら、その封筒も大きくふくらんでいる。何かと思って開封したら、野沢朝子著「山荘」が入っておりました。

 早速、袋から取り出し、「はじめより」から読みました。
  
 この「山荘」は短歌が読まれたあと、野沢氏の文章が続く形です。

 病みてより こころ弱りて山荘に

  父の香のこる 机持ちてあり

 この短歌のあと、山荘の芹沢光治良先生の机に座っている野沢氏が語ります。それらの言葉は、モノローグのように山荘の扉を開けて、私達を「山荘」にいざなってくれます。

 文章の確かさから、読み進めて行くうちに気がつくことがありました。それはこの本から出てくる「優しさ」です。私は、どこかで感じたことがある「優しさ」です。この「優しさ」は何かと、仕事に行く途中、食事をしながら、音楽を聞いている時、この優しさってどこで出会ったのだろうと考え続けました。

 そしたら、それはいつも私が芹沢光治良作品を読んで感じていたのと同じものだったのです。

 その優しさとは、「芹沢光治良の目線」です。芹沢光治良先生の優しい目線が、芹沢作品の中に私達読者は感じています。主人公の時もあれば、ほんの脇役の時もあります。その目線が芹沢光治良氏の魅力だと思っています。

 私達に驕りを生まないように私に警告を出してくれたり、日々の生活の中で気をつけようと感じ入るのです。

 野沢氏の立場で書かれているのに父上の芹沢光治良氏の暖かい目線を特に感じるのは、この短歌で始まる所です。


 あたたかき父の手添ふる病床に

  もみぢ燃え立ち吾はめざむる

 この文章は「人間の運命」で、有名な(関係者の皆様、すいません)場面です。
先の戦争で東京が空襲になり、山荘に疎開した家族に起こる大きな事件です。戦争が終わってホッとしたのは、森次郎という家族だけではなく、読者もまさしくそうでした。それも束の間、戦争という大きなフレーズの頂点を次女の大きな病気という事で読者に大きな緊張をうみます。

 この事件を森次郎からではなく、その娘さんのお気持ちを私達読者が読むことが出来るというのは、読者として人間の運命を読み深める事につながります。また、一つの作品の「野沢朝子の目線」と言うのでしょうか?この時、娘さんはどういうふうに感じていたか、関心を持って読み進めて行きました。

 ところが、野沢氏の確たる文章を読み進めてみると芹沢光治良先生の目線を感じるのです。書いているのは、野沢氏ですけど、読み感じる私には、芹沢光治良氏の目線を暖かく感じるのです。

 
 この「山荘」では野沢氏の夫も登場します。お話したことがありますが、教養深いという言葉よりは、何でも知っていると表現していいのではないでしょうか?

 お医者様という科学者でありながら、漢字の素養や文学についてかなりのものを持って現代文学では、山荘で芹沢光治良先生といろいろお話をされたのではないかと思っています。
 
 野沢朝子氏が夫に書かれた文章は、暖かい目線に溢れています。まさしく芹沢光治良氏の優しさを体現されたと思います。

 すばらしい本です。感動を伴って読みました。「芹沢光治良の目線」を忘れない野沢朝子氏。感謝でいっぱいです。

 
 封筒によってイメージが変わるのですね。新しい封筒も歓迎です。ありがとうございました。

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