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全国大会 アーカイブ

2007年05月30日

全国大会講演者 加賀乙彦氏

2007年10月6日(土)から8日(月)に開催される芹沢光治良文学愛好会 創立30周年記念・芹沢光治良生誕111周年「第6回・ 芹沢文学愛読者交流会・全国大会」の二日目、講演会と演奏会が開催されます。演題は、「『巴里に死す』と私」です。『巴里に死す』 も読まなくてはいけませんが、加賀乙彦氏の作品も読んでどういう視点で言及するか、考えるのも楽しい事です。

 私は、加賀乙彦氏の作品で『宣告』が加賀氏のものの見方の原点があるのではないかと勝手に考えています。また、『永遠の都』 も、 是非読んでみていかがでしょうか。

「その講演会の講演者の加賀乙彦氏のプロフィールを載せます。

加賀乙彦氏プロフィール

本名 小木貞孝(こぎ さだたか)
                                  I
1929年.東京市芝区三田綱町に生れる(現在港区三田二丁目)・淀橋区西不久保1丁目(現    在新宿歌舞伎町2丁目)で生育.
1936年 区立大久保小学校入学(同級生に作家水沢周:父が大久保小の校歌を作る。プ    リンストン大学数学料教授志村五郎がいた)  
1942年 同校卒業、都立第6中学校(現在都立新宿高校)入学
1943年 名古屋陸軍幼年学校入学
1945年 同校より復員、都立第6中学校に再入学
1946年 旧制都立高等学校(現在都立大学)入学
1949年 同校卒業、東京大学医学部医学科入学
1953年 東京大学医学部医学科卒業
1954年 東京大学医学部精神医学教室入局
1955年~1957年 東京拘置所医学部技官
1957年~1960年精神医学および犯罪学研究のためフランス留芋
1960年 東京大学で医学博士号取得
1965年 東京医科歯科大学助教授(犯罪心理学教室).
1969年 上智大学教授(文学部心理学科)。犯罪心理学と精神医学の講座を担当
1979年 上智大学を退職し、創作に専念する
1986生 日本文芸家協会理事
1988年 日木ペンクラブ理事
1998年2月 軽井沢高原文庫館長
2000年 日本芸術院会員

 主要著書  受賞作品
 1968年『フランドルの冬』 芸術選奨新人賞
1973年『帰らざる夏』 第9回 谷崎潤一郎賞
1979年『宣告』 日本文学大賞
1986年 『湿原』 第13回 大佛次郎賞
1998年『永遠の都』 第48回 芸術選奨文部大臣賞

 主な作品
『宣告 上巻』新潮社(新潮文庫) ISBN 4101067147
『宣告 中巻』新潮社(新潮文庫) ISBN 4101067155
『宣告 下巻』新潮社(新潮文庫) ISBN 4101067163
『帰らざる夏』講談社(講談社文芸文庫) ISBN 4061962353
『永遠の都 1―夏の海辺― 』新潮社(新潮文庫) ISBN 4101067074
『永遠の都 2―岐路― 』新潮社(新潮文庫) ISBN 4101067082
『永遠の都 3―小暗い森― 』新潮社(新潮文庫) ISBN 4101067090
『永遠の都 4―涙の谷― 』新潮社(新潮文庫) ISBN 4101067104
『永遠の都 5―迷宮― 』新潮社(新潮文庫) ISBN 4101067112
『永遠の都 6―炎都― 』新潮社(新潮文庫) ISBN 4101067120
『永遠の都 7―異郷・雨の冥府― 』新潮社(新潮文庫) ISBN 4101067139
『湿原』
『死刑囚の記録』中央公論新社
『ドストエフスキイ』中央公論新社
『雲の都 第1部 広場』新潮社 ISBN 4103308109
『雲の都 第2部 時計台』新潮社 ISBN 4103308117
『ザビエルとその弟子』講談社 ISBN 4062124637
『錨のない船【英語】』(普及版)講談社インターナショナル ISBN 4770028563
『高山右近』講談社(講談社文庫) ISBN 4062736381
『高山右近』講談社 ISBN 4062098318
『夕映えの人』小学館 ISBN 4093872414
『聖書の大地』日本放送出版協会 ISBN 4140053305
『フランドルの冬』新潮社(新潮文庫、1999年に改版) ISBN 4101067015
『野上弥生子短篇集』野上弥生子と共著;岩波書店(岩波文庫) ISBN 4003104900

 

 

 

 

2007年06月06日

全国大会三日目「羽鳥徹哉氏の講演」


  今年10月6日から8日に開催される芹沢光治良文学愛好会 創立30周年記念・芹沢光治良生誕111周年「第6回・ 芹沢文学愛読者交流会・全国大会」の三日目は、羽鳥徹哉氏 (日本近代文学会評議員。川端文学研究会理事。解釈学会委員。 ハーバード大学客員教授、成蹊大学名誉教授)の「近代文学に於ける芹沢文学の位置」の講演会が予定されています。
 羽鳥氏は、1994年11月27日(日)に芹沢光治良さんのこと-近代的自我と借り物の理-について講演されました。
 また、羽鳥先生は、平成5年6月の新潮に「芹沢光治良さんのこと」に近代文学に書かれ
「芹沢を他の近代作家と分かつとくちょうのひとつには、自虐精神の皆無でなかろうか。二葉亭に始まって、漱石、藤村、芥川、 太宰から戦後作家にいたるまで、普通近代作家には自虐の精神が根にあり、、翻ってそれが他への批判に転じていく。自虐、 羞恥の匂いをかぎとった時、私達は安心して相手を許すところがある。しかし、芹沢にはそれがない。悪かった時は、悪かったと率直に言うが、、 人に先生のこの作は傑作だと言われをと、照れもしないで自分も傑作だと言う。裏を読まず、精神に屈折がない。そういうところが、 とかく敬遠の一因となるのだが、これは、生れつきのせいだろうか。三歳で両親に捨てられ、甘えを許されなかったという原体験が、 構神の屈折を払う上に何かの役割を果たしたのだろうか。
 両親に捨てられた代わりに、中学進学の頃から芹沢は次々と有力なパトロンを身辺に持
ち、帝大から更にはソルボンヌにまで学んだ。恵まれていることへの感謝は忘れなかっ
たが、恵まれない人と比較してやましさを感じるというようを心の働きは、芹沢にはな
い。一高当時、有島武郎邸の読書会に出席した経験を持つが、有島的苦悩には芹沢は無縁
なようなのである。そうした彼の資性が時に反発の材料になったりするが、屈折する人間
は屈折する苦悩を免罪符として、卑劣の道に入りこむ自分を甘やかす危険がないではな
い。芹沢にはその種の甘えがなく、殆どアナーキーな率直さが、生半可な批判を無効にしてしまう」と述べておられます。
 
  自虐性のなさは、私も感じていますが、それが甘さではなく、 芹沢光治良の持つ根本の厳しさを反映させているのではないかと思っていました。
 羽鳥氏の指摘のように、屈折ゆえの免罪符としての甘えの指摘は、なかなかのものだと思いました。
 経済的な困窮を経験されたから、有島的苦悩は感じるわけでなく、その厳しい経験をふまえて、 屈折しない芹沢光治良という作家は私からは魅力的に写るのである。

 羽鳥先生が「近代文学に於ける芹沢文学の位置」をどのような視点で講演されるか興味深く、楽しみにしています。

2007年06月30日

全国大会の会場の下見

 2007年10月6日(土)から8日(月)に開催される芹沢光治良文学愛好会 創立30周年記念・ 芹沢光治良生誕111周年「第6回・芹沢文学愛読者交流会・全国大会」の会場の下見に行ってきました。

 会場の下見は2回目です。今回は、 私達は車で移動するので同じ土曜日にどのように渋滞するか確認する事と国立女性会館から予定した研修場所が緊急工事のため、 使用が出来なくなるため、代わりに紹介された施設を確認するためのものでした。

 国立女性会館へは、車のナビの指し示すまま移動しました。 練馬I.C.から関越自動車道で東松山I.C.から国道254号で到着しました。このナビが示した経路は、10月6日(土) という三連休の初日には都心を通るこの経路は時間がかかり、気をつけなくてはいけないとわかりました。当日は、 外環自動車道から移動をかけるつもりです。

 写真は、国立女性会館の入り口です。東松山インターから左折する形になります。この門から、 すぐ右手に行くと、大きな駐車場があります。観光バスも駐車できます。4万坪の敷地の中に、 研修棟、体育館、室内プール、二つの宿泊棟、運動場、池、本館には、音楽室、美術工芸室、調理室などがあります。 

次の写真は、本館から研修棟に移動する時は、この良く手入れされた生け垣の中をとおります。

 

 

 

 

 

 

 

 ここが研修棟です。1階は、 加賀乙彦氏の講演会と芹沢光治良氏と関係が深い音楽会が開催されます。

 他に全国から参加される方との読書会の研修場所、 鼎談を開催する場所の打ち合わせ、全国芹沢光治良読書会の報告会等の場所の確認などをして帰宅しました。帰りは、ナビを敢えて無視して、 移動しました。やはりこちらの方が、速いようでした。

 このホームページを見ている方、芹沢文学の読書量に関係なく、 芹沢光治良氏に作品を読んで、いろいろ語りあいませんか。是非、この全国大会に参加しませんか?

 

2007年07月05日

全国大会の打ち合わせ 7月3日

 7月3日(火)はI田氏が千葉県市川に来ていただいて、全国大会のポスターを印刷会社の方と打ち合わせ。

I田氏が、考えに考えたポスターが形になっていくうれしさを打ち合わせの中で感じました。JR市川駅内の喫茶店を後にして、 最寄りの居酒屋で、全国大会の打ち合わせを借りた反省会。あっと言う間に9時半過ぎ、東京を越えて変えるI田氏のために急遽、お開き。 ポスターは7月の月例会で紹介できるかと思います。お楽しみに・・・

2007年07月28日

全国大会のポスター

 今日、印刷会社の人から芹沢光治良生誕111周年を記念した第6回愛読者交流会のポスターが納品されました。 手渡された時の重さはずっしりと重みがあり、インクのにおいがプーンと鼻につきました。家に帰り、ポスターの配布先をいろいろと調べました。 芹沢光治良先生と関係が深かった学校と、東京大学、兄弟の契りを結んだ百武大将がのち学長を務めた九州大学、「芹沢光治良と神」 という論文を研究紀要に載せた、青山大学文学部、名古屋と関係が深いので、名古屋大学文学部、渡部先生がいる中央大学文学部、 講演される羽鳥先生が名誉教授を務める成蹊大学文学部、会場がある国立女性教育会館の東武東上線沿線の大学など調べていました。また、 各市や県の図書館にこのポスターを貼ってくれれば嬉しいと考えながら、明日又調べようと思いました。

 ポスターを掲示してくれる人いませんか?もしいましたらメールして下さい。

 

2007年08月05日

軽井沢へ行(全国大会ポスター配布)

8月4日(土)の事です。

私は、軽井沢高原文庫に行ってきました。 きっかけは、3日(金)朝、4時のことです。

いつもメールを開くのに、2日(木)はなぜか開くのを忘れていました。朝早く起きて

開いてみたら、愛好会会員のSさんより全国大会の宣伝のための貴重なニュースがありました。

「こんにちは。上記のポスターの件ですが、とり急ぎ高原文庫に送られることをお
すすめします。4(土)午後2時~が年に一度の高原文庫の会で、加賀館長は勿論・・・」

これは、是非届けなくいてはいけない。ポスターは自宅にあるが、チラシはS代表のところだ。100枚刷ってもらわなくてはいけない。 4(土)に間に合う何かよい手立てはないだろうかと考えました。

結局、郵便や宅急便で送るのは、間に合わないと考え、すると自分が行かなければならない。すぐ行動に移りました。

  • 3日 6:10 S代表の携帯に連絡。5回鳴らしてダメだったら、8時過ぎに連絡。5回鳴って、 携帯をきったら折  り返し連絡がきた。軽井沢高原文庫の会について説明し、チラシ100枚印刷依頼。
  •    6:15  軽井沢高原文庫あてに芹沢光治良全国大会のポスター、 参加申込書等の資料を高原文庫の会のときにポスター貼付、資料配布の以来えを失礼ながらFAXでする文案を作成し、FAXする。
  •    10:30 部活動指導中、高原文庫に連絡し、FAXが届いたか確認し、 資料が宅急便等では間に合わないので私が届けることを話す。但し、6日(月)がコンクールなので、 夜中に来て高原文庫のある場所におかせてもらうことを依頼し、了承してもらう。
  •  午前、グランドでマーチング練習。午後、コンクールの合奏練習。コンクールに参加しない生徒は、マーチングの練習。 久しぶりの快晴で、練習中に気分が悪いものが出て、歩けそうもないので、夕方、2名の学生を自宅に送る。
  • 19:30 学校帰宅。個人練習を見る。
  • 21:20 学校発 S氏の厚木まで行く。遅い時間ですいていると思ったら、首都高は渋滞で時間がかかる。
  • 23:30 S氏宅、着。もろもろの資料の印刷や打ち合わせ、その間50分ぐらい仮眠させてもらう。
  • 4日 1:00 S氏宅発 軽井沢へ
  •     4:16 軽井沢高原文庫着。もう少し明るくなり始め、資料を包装しやすく5分で資料をおくことが出来た。途中、 軽井沢のバイパスを通っていくときに、思いがけなく真っ暗で懐中電灯を用意していたのに忘れてしまったことに後悔していたが、 明るくなってホットする。
  •    7:00 自宅着 急いで風呂に入る。
  •    7:35 学校着 生徒朝練習開始
  •    9:00 軽井沢高原文庫に資料が納められたか確認。終了。

 大変充実した一日でした。8月は印刷したポスターをすべて配布する予定です。

 

2007年08月17日

全国大会への案内

芹沢光治良文学愛好会 創立30周年・芹沢光治良生誕111周年
「第6回・芹沢文学愛読者交流会・全国大会」参加案内

芹沢光治良文学愛好会創立30周年・芹沢光治良生誕111周年記念の全国大会を次の要領で開催します。
今回の全国大会では、日本ペンクラブ理事で軽井沢高原文庫館長である作家加賀乙彦氏による、「『巴里に死す』と私」の講演があります。 さらに、芹沢文学と音楽に関わる演奏会も行います。
また、「近代文学における芹沢文学の位置」について成蹊大学名誉教授で川端康成研究の第一人者である羽鳥徹哉氏に講演していただきます。 また、愛好会々員との鼎談も企画されております。
メインプログラムのコンサート&記念講演を始め文芸講演、鼎談、読書会、懇親会等のプログラムを企画しています。
多くの皆様に参加していただき、参加することにより得られるでありましょう、新たなる芹沢文学の魅力を問い直す機会となり、 また全国の芹沢文学愛読者との交流を深めることにより、人との絆が広がり、芹沢文学の読者の輪が益々大きくなることを祈願しております。

 愛好会の会員でない方にも、当然参加できます。ご興味がある方は、池田までご連絡下さい。

1 日 時 
2007年10月6日(土)13:00 ~ 10月8日(祝)12:00
2 会 場 
国立女性教育会館  
〒355-0292 埼玉県比企郡嵐山町菅谷728    TEL:0493-62-6711
電車・徒歩:東武東上線武蔵嵐山駅より徒歩約15分
武蔵嵐山駅へは池袋駅から東武東上線の急行で60分

3 内 容 (概要)  ※詳細は後日、参加申込者にお送りする栞を参照下さい。                    
10月6日(土) 13:00~20:00

  • 全国読書会報告
  • 芹沢光治良文学愛好会「30年の歩み」
  • 愛好会々員によるリレー講演「芹沢文学と私」
  • 懇親会 

10月7日(日) 09:00~20:00

  • 読書会
  • コンサート:芹沢光治良と音楽(ヴァイオリン音楽を中心として)
  • 記念講演 「巴里に死す」と私  作家 加賀乙彦
  • 懇親会

10月8日 09:00~12:00

  • 講演会 「近代文学における芹沢文学の位置」 成蹊大学名誉教授 羽鳥徹哉
  • 鼎談:羽鳥徹哉(成蹊大学名誉教授) 鈴木吉維(会員) 小串信正(会員)

4  参加費 (会費は、当日受付でお支払い下さい)
① 2泊3日コース 25.000円  宿泊:2日・・・10月6日(土)、10月7日(祝)
 食事:朝×2・夕(懇親会)×2・昼×1、栞、講演会、演奏会等の全ての費用を含む
② 1泊2日コース 20.000円  
ア 10月6日(土) 食事:昼×1・夕(懇親会)×1・朝×1、講演会、演奏会、栞等の全ての費用を含む
イ 10月7日(日) 食事:昼×1・夕(懇親会)×1・朝×1、講演会、演奏会、栞等の全ての費用を含む
③ 日帰りコース 
ア 10月6日(土) 1.000円・・・・・・栞・愛好会々員によるリレー講演等の費用
イ 10月7日(日) 4.000円・・・・・・栞・チケット代(講演会・演奏会)、昼食代含む
ウ 10月8日(祝) 1.000円・・・・・・栞・講演会・鼎談の費用

 尚、演奏会、講演会のみにご参加の場合は、一般2.000円、学生1.000円になります。

5 申込方法 問い合わせ
同封の「第6回・芹沢愛読者交流会・全国大会」参加申込書(定型はがき)で、8月31日(金)(必着)までにお申し込みください。 申込者には後日、チケット及びテキスト等を綴った栞をお届けします。
6 主 催・事務局
   事務局 広報担当 池田: ikeda_sa2002@yahoo.co.jp (クリックして下さい)

              

 

2007年09月03日

千葉県市川市中央図書館文学プラザ

 私が勤めている、学校の校歌は作曲三好晃 作詞 宗左近という現代を代表とする作曲家、作詞家で作られた校歌です。「宇宙」 と書いて、ソラと呼びます。
 校歌っていうのは、日本全国でだいたいパターンが決まってて、特に歌詞では、 日本全国どこでも殆ど同じといっても良いと思うくらいのパターンで出来上がっています。
 そのlパターンというのは、出だしは学校の所在地にある自然を歌詞の中に入れ、中程で学校の教育目標、最後に 「わが母校○○学校というパターンです。
 しかし、本校の校歌は、出だしは「空はなんのために青いのか」で始まります。いきなり宗 左近氏は、当たり前の事を問いかけてきます。 この始まりが強烈な印象で、何か新しいもの、価値観と言って良いぐらいなものを提示されます。
 この当たり前のことを改めて考えてみると、空は夕焼けの色、藍色、純粋な黒、などいろいろな表情を色で表します。 宗左近氏はなぜ青を選んだのか・・・・とこの歌詞については私の長々とした話しが授業では続いていきます。 校歌が歌詞の作成ワンパターンとは全然違う形で作られ、私達に訴えかけてくると話します。
 おっと、授業のようになってきました。

 千葉県市川市では、 
2006年6月20日に逝去して1年たった詩人の宗左近氏
シンポジウム
「宗左近から受け継ぐもの いちかわ文学の歴程」
 8月29日(水) 13時30分~
  会場 グリーンスタジオ(生涯学習センター2階)
  定員240名 要申込(無料)

  神作光一、葉山修平、秋山忠彌 ほか
 
 開催されました。このシンポジュームで本校吹奏楽部員約80名が
宗左近氏作曲の校歌を歌ってきました。
 この校歌は、一番は斉唱で一つのメロディをみんなで歌いますが、
2,3番は、メロディを少し変えて混声四部合唱になります。

 この校歌を歌った後、会場のグリーンスタジオの上の階にある「市川市文学プラザ」 に行くと
芹沢光治良生誕111周年のポスターが飾ってありました。
 それがこの写真です。

 

 今回は、全国の県立図書館にこのポスターを送りました。貼っていただければとても嬉しく思います。もし、 図書館にこのポスターが貼ってありましたら、メール下さい。写真も送って下さい。

2007年09月11日

9月9日(日)の打ち合わせ

9月9日(日)は、全国大会の下見と打ち合わせを兼ねて、女性教育会館に12:00に集合しました。 千葉の自宅から1時間と少しで到着しました。結構近くて吃驚しました。
 住所から、遠いとおもいますが、実際に来てみると近いというのが実感です。
東京、千葉、埼玉の会員9名が集まりました。
 ポスターの配布状況の確認、これから配布するところ、当日10月6日(土)から8日(祝)の3日間の細かい時間の打ち合わせなど、 3時過ぎまで休みなしで打ち合わせました。
 最後に、研修棟の講堂をもう一度見て資料の掲示が出来るか、集合写真の場所など、確認していきました。 
 最後に、国立女性教育会館がある埼玉県比企郡嵐山町の町立図書館に寄ってみました。そしたらポスターが貼ってありました。

 

嬉しいですね。ともかく、10月6日(土)から8日(祝)は、芹沢文学について語り合いたいですね。

 

2007年09月27日

名古屋の安井さまから素敵なDVDが送られてきました。

 昨日、部活の練習を終えて、帰宅しましたら、名古屋の安井様から手紙が届いていました。 おやおやこれは何かなあと汗まみれの身体でありながら、しっかり手を洗って封を切ると、なんと第5回の全国大会のDVDでした。

 万年筆で書かれた明るい青色の文字を読んでいると安井さんがまるで私達に話しかけるような感じで手紙が始まりました。

「芹沢文学愛読者交流会の日が近づいてまいりました。ご準備でおいそがしい毎日をお過ごしのことと思います。           3日間にわたる行事を企画し実行することはたいへんなことであります。・・・・」 と4枚の便箋に渡って暖かい言葉で書かれています。11年前の生誕100周年の時は、まだDVDは無い時代ですが、 このDVDは安井様がベーターで取られたビデオをDVDに編集されたものです。

 手紙によると、安井様が古い段ボールを整理しているとベーターのテープが残されていて、 30年前のベータのレコーダーを再生可能に時間をかけて直して再生にこぎつけたそうです。それまでの努力が手紙に書かれていました。 多くの苦労の結果、やっと再生出来るようになったベーターのビデオテープを再生したら、5回の全国大会のものが記録されていました。

 DVDで再生したら、その日の愛好会の仕事、吹奏楽部の選曲を予定したものは、すべてキャンセルされました。本当におもしろい、 かつ貴重なDVDでした。10年前の妻の姿を見つけ、私が「なかなかかわいいね」と話しかけたら、なんか不機嫌になったり、 鈴木代表のビデオ写りの良さに嫉妬したり、(この頃の鈴木代表が今の私と同じくらいの年です) 鼎談のゲスト3人のお話はまさしく記録されるものであり、次の日体育祭というのも忘れ、 しっかり最後まで夜の更けるのも忘れみてしまいました。

 安井様は第6回の信仰に役立てる為、送っていただいたと思いますが、私はしっかりと鑑賞してしまいました。もう一度みて、 10月6日~8日に渡る三日間滞りなく、かつ楽しめるようにしていきたいと改めて思っています。

 安井様、ありがとうございました。

2007年09月28日

垂れ幕の制作

 今日は、送られてきたロール紙を吊り看板用の大きさ用に作成した。縦915mm×横7㍍20センチは、なかなかの大きさ。 今日は暑く、汗をかきながらの作業になった。まず、廊下を清掃して、ロール紙を7㍍20㌢伸ばし、50㍍のメジャーを使って、 直角にきりました。実際に字を書く人は私の勤務校の書道の先生です。人通りのない時を選んで廊下で制作するそうです。書いた後は、 乾かさなくてはいけません。この土日の休みに学校に来て制作するそうです。私が立ち会いましょうかというと、制作中は、 一人で誰も現場に入れないで書いてしまうそうです。H先生よろしくお願いします。これから当日の細案の作成です。細かくチェックしますけど、 何か抜けてしまうかもしれません。そういえば、10月1日には、高村さん中心に懇親会の打ち合わせがあると聞いています。 

 明日は、国立女性教育会館から送られた部屋割表をもとに部屋割の作業です。午前中、部活に出て、もう一人の顧問の先生にお願いして、 森次郎文庫で、アンケートの確認作業と資料作りです。あと一週間です。楽しみと心地良い緊張感で一杯です。

 

 このホームページを見ている皆様、10月6日(土)~8日(祝)の参加、興味がある方は、ご連絡下さい。

2007年09月29日

全国大会の準備に向けて

 芹沢文学愛読者交流会全国大会に向けての準備はどのような展開になるか。果たして参加者の期待に添えるかどうか。 如何に皆様に喜んでもらえるか。等々期待と不安に駆られながらの資料作りは熱が入っています。資料の一つひとつにこだわりと、 芹沢先生への愛着が込められての作業は楽しくもあり心が躍ります。満願の祈りを込め成功を祈るばかりです。

                                                              TH記す

 今日は、7時30分に学校着。寒くて嬉しいと感じたのは、私だけだろうか?学校は、熱い。まだ誰もいない校舎に鍵を開けて入ると、 昨日の暑さで校舎はまだ熱気がたまっている。一階上がるたびに階段の踊り場の窓を開けると涼しい風が、頬をなぞり、 熱い校舎を冷やしていってくれます。窓を開けるたびに涼風が入り込み、校舎を冷やしていく。何とも楽しい事です。

 10時半まで合奏練習をして、もう一人の顧問に残りを託して、森次郎文庫に出発です。 Aインターをおりてすぐの所のラーメン屋さんを一度は寄ろうと決めていたのですが、今までは時間が無くよれませんでした。 今日は道が空いていたため、寄ってみることにしました。みそ味をきかした少し濃いたれと太麺の組み合わせは、海苔の風味と合い、 おいしくいただきました。

 13時少し過ぎに着きました。今日の予定は、①当日のスケジュールの詳細 ②資料の展示物作成 ③7日(日) のプログラム資料の袋詰め。今日のメインは、③です。量が多いので人手がいります。しかし、この時間になってもまだ印刷が始めってません・・ ・・。プログラムのこの凝り用は、当日のお楽しみにして下さい。

                                                              HT記す

 カウンターが2万5千を超えました。25000番目の人は、今日の11時58分56秒でした。ウインドウズNTを使っている人です。 更新まめにやっていきたいと思います。

 

2007年09月30日

10月6日(土)の初日についてのお問い合わせについて そして嬉しいお知らせです。

 芹沢光治良愛読者の方、こんばんわ。

 私が住んでいるところは、東京から一駅の所です。今日は1日雨が降り寒い日でした。 体育館も涼しく気持ちよくマーチングの練習が出来ました。13日(土)に東関東大会に出場するのですが、 3日から2年生が修学旅行にいきしばらくまとまった練習が出来ません。今日は、休憩時間も忘れて練習してしまいました。

 早朝、昨日の森次郎文庫の打ち合わせのまとめをしようと思いましたら、記録したファイルが見あたりません。 しばらくして森次郎文庫に電話しましたら、見事に忘れてしまいました。早速宅急便で送ってもらうことにしました。

 先程帰宅して、メールを開いてみたら、10月6日(土)の問い合わせが有りました。個人的に回答しましたが、 当日参加される方には会場に不案内の方も多いと思いここで紹介させていただきます。

 

)武蔵嵐山駅 近くで 昼食出来る お店は在りますか・・・?

 残念ながら、 ありません。もしかしたら、私が気づかないだけかもしれません。国立女性教育会館のレストランを御使用できます。11時半から利用できます。 また、 国立女性教育会館の前には、イタリアンかフレンチのレストランと高級なおそば屋さんがあります。

 

2) 駅前に タクシーは ありますか・・・。

  タクシー乗り場が有りますが、 タクシーは見たことがありません。歩いて10分以内で比較的わかりやすい道です。

 10月8日(月)には、鼎談を予定しています。鼎談の講師として、 参加される鈴木吉維氏が11月に芹沢光治良の研究書を出版されることが判りました。一ヶ月早ければ、 全国大会で目にすることが出来るのですが、当日そのチラシを配布します。また、 管理人の家にチラシが送られましたらこのHPに更新します。

 

2007年10月03日

芹沢光治良研究の再案内

 「芹沢光治良研究」の鈴木吉維氏からメールがありました。「芹沢光治良研究」への注文は。鈴木氏宛にして下さい。
金額は2000円+送料300円=2300円です。送料は冊数に関係なく一律になります。
代金は郵便小為替で自宅宛に送っていただきます。
ただし、HPに鈴木氏の住所を載せるわけにはいかないので、HPを見た方はメールで注文してください。愛好会の方は住所録で私の住所がわかります。メールあるいは郵送どちらでも結構ですという事です。
 
 今日は、10月6日(土)、7日(日)国立女性会館の講堂に吊す看板が出来上がりました!!じっくりとした重みです。
 私の部屋には、大きな白い紙に当日持って行くものを書き足しています。忘れ物をしないようにしています。
 あと少しで全国の愛読者の方と会えます。

2007年10月04日

外国人が見た芹沢光治良

 今日は、全国大会に備えて、私はキックボクシングの道場に行く。スパーリング3ラウンドとミット蹴り3ラウンド、 そしてサンドバックで膝蹴りを2ラウンド、ものすごく汗を流した。体調を整えて全国大会を迎えています。

 ところで、上智大学教授のJ・ロゲンドルフさんが芹澤さんのことという題で書いています。

 芹渾さんのこと 

      -J ロゲノドルフ

 ヨーロッパ人は日本の多くの有名な作家を試みないのに、何故芹澤さんを好きに思うのだろう。その理由は、  と言ってもなかなか簡単には言えない。 全く偶然に某々のものを翻訳するということもあり得るからである。 とまれ、 芹澤さんの書くものは外国の読者の心に深い感動をよび起こす力を待っていることは否定てきない。その力とほ外ならぬヒューマニズムである。
 凡そヒューマスティックな小読家の独創的な想像力を支配する考えにほ二つある。一つは個人の理牲ということ、 つまり 肉対と感覚の暗い本能を克服し 自然と社会の厭力を乗り患えることてあり もう一つは人類の普遍牲ということ つまり人は皆同し性を持っているから 人種 階級を超えた思考と感情の共同体が存在するという確信てある。  ウワーズワスが“ The still sad music of humanity"と詠んたのも まさにこのことを指している。
 このような言い方では、いかにも概念的で且つ当然のように聞こえるかもしれない。 作家なら誰でも以上のことを追求するのてはないのだろうか。 この点で 芹澤さんについて特筆すべきことがあるだろうか。・・・・・だが、  現代日本の文藝作品を挑め渡して見ればそういうことはあながち当然でもないと 私は思うのである。時として、 肉体的なものや本能的なものや、刹那的なものや不潔なものが、殆ど病的といってよいほど中心的なものになっているような気がする。 もちろんこういったことは、すべて偉大な文学の中に入り込まざるを得ないのではあるが、しかし、いくら人間の動物性を描いても、 そのために無比なる人間性が曇らされてはいけないのである。そのために、人間のより高い目的への視野が遮られてしまってはならないし、又、 それが、自然と環境という運命の歯車の中で粉砕されたものという誤った人間像を創造してはならないのである。現代の日本文学の多くは 「ミュージック」よりも不協和音を産み出してしまっている。それはヨーロッパ人の目から見ればヒューマニズムの否定であり、 従って美学的にも不快感を催すものである。

 私が芹澤さんのすぐれた作品に接して心を打たれるのは、その中に、日本の男女と、 日本という特異の状況を通じて人間の普遍妥当的な心理が顕現されているからである。芹澤さんと同じように、日本の男性、 特に女性の寡言と秘められた情熱を細かく叙述する事の出来る作家は多いだろうが、しかし、それと同時に、 独り日本人のみならず廣く人類の胸の鼓動をあれほどまでになしえる人は滅多にないと思う。

 『少女』『秘蹟』『巴里に死す』等に描き出された現実は、世界文学の巨匠達の描いた現実は、 即ち眼前の小さな世界の彼岸にまでつながる広がる現実につながるものである。

 ある詩の中にこんな言葉がある。

 牢屋の窓近く

 2人の男佇(たたずみ)めり。

一人は見たり、土くれを。

一人は見たり、星くずを。

芹澤さんは星を仰ぎみようとする人だと思う。つまり、人間の心の閃きと憧れ、 即ち理想の探求ということがその作品の中で常に試みられているのである。

 幸い私は芹澤さんを個人的に知っているので、その独特の文才の由って来るところ推量することが出来るように思う。 きっとそれは苦しい経験の賜物なのであろう。温情と謙虚さの滲みでるその人となりは、苦しみによってこそ大成されたものであろう。実際、 その作品のどこを見ても慈愛がほのぼのと感じられる。芹澤さんは今なお人生の謎を解く為に不撓不屈の精進をつづけて居られるのである。 多くの悩める人々は、小説の中にすら一條の光明見出そうと欲しているのであるから。

 (上智大学教授)

 芹沢文学の本質をヒュマニティに見るこの考えは、私も同感します。大江健三郎氏も同様ではないかと思います。全国大会では、 芹沢光治良文学の本質が、講演会や演奏会でよく見られるのではないかと思います。

2007年10月05日

知らざあ言って聞かせやしょう。

芹沢光治良全国大会

知らざあ言って聞かせやしょう。

巴里に死すと光治良が、本に残せし小説の、

種は尽きねえ、読書会。

その語りの感動を、以前をいやあ東中野、年季づとめの愛好会。

百味講(ひゃくみ)でちらす読後感、当てに小皿の一文字、百が二百の読後感

芹沢文学せえだんだんに、理想がのぼる上(かみ)の宮、埼玉嵐山に集いし、老若男女、善人、度重なり、

お手長講の大会に、とうとう加賀と羽鳥の講演に、ここやかしこの場所場所で、小耳に聞こえし、コンサート

似ぬ声色でこゆすりかたり、名さえゆかりの全国愛読者大会とは、明日のことだ。

 弁天娘女男白波(べんてんむすめおのしらなみ)の

知らざあ言って聞かせやしょう。浜の真砂と五右衛門が・・・・で始まる有名な台詞。 明日の愛読者交流会にかけて何かできないかと言葉遊びをしていたら、もう午後11時半を回ってしまいました。急いで準備しないと、 朝起きれないと気がついたわけです。

 明日からの全国愛読者交流会、皆さんにお会いできる事を楽しみにしています。

 

 

 

2007年10月09日

第6回芹沢文学愛読者交流会全国大会のお礼

 全国の芹沢光治良文学愛好の皆様、第6回芹沢文学愛読者交流会全国大会に参加していただきありがとうございました。お陰様で、 充実した全国大会で今は、秋の涼しさがよけいに大会が終わったことの寂しさを実感させてくれます。夕闇の中に香ばしい金木犀が、 過ぎた全国大会の一つ一つの断片をモンタージュの手法で思い出させてくれます。

 本当は、8日の日にお礼の言葉とHPで書こうと思いましたが、羽鳥先生と小串氏、鈴木氏の白熱した鼎談の後、急いで片づけ、 部活の指導に行き、帰りが21:00近くになり、寝入ってしまいました。

 今回の資料を整理しながら、全国大会の簡単な報告をしていきたいと思います。

2007年10月11日

池田氏より報告

芹沢光治良生誕111周年「コンサート&記念講演」に参加された方の
ブログを発見し本HPに掲載することを了承もらいました。
素晴らしく,的確に、詳細に書かれています。

「参加者からのブログより」

(1)芹沢光治良文学愛好会創立30周年・芹沢光治良生誕111年記念コンサ
ートと講演会へ行ってきました。

会場は国立女性教育会館。
緑に囲まれ、広大な敷地で、とても環境のいい会場でした。

愛好会の方が中心になって、心使いの生き届いた、素晴らしい空間となっていま
した。

第一部はコンサート

芹沢光治良さんの二人のお孫さんのヴァイオリンの演奏でした。

野沢尚子さん:パリ国立音楽院に留学。現在、パリ室内楽などで活躍されていま
す。

野沢裕子さん:パリ国立音楽院に留学。現在、東京都交響楽団の第ヴァイオリン
奏者として活躍されています。

池内章子さん:という今日音楽大学ピアノ科卒業、同大学研究家ピアノ専科修了
 室内楽やリサイタルの伴奏者として活躍されています。

曲目は祖父である芹沢光治良の”春のソナタ”や”人間の運命”第五巻の中から
ゆかりのある曲ばかりでした。

芹沢光治良自身が音楽や芸術を心から愛していて、造詣も深かったことから・・
・軽井沢で祖父との思いでなどを語りながらの演奏でした。

いつの間にか引き込まれていました。
素晴らしいコンサートでした。

ゆかりの方々が、心をこめて行ったコンサートは、心に温かく響いてきました。
 

いつまでも拍手が鳴りやみませんでした。

第二部は”巴里に死す”と私・・・加賀乙彦さんの講演でした。

加賀乙彦氏はキリスト教徒であり、お医者さんから作家になられたかたです。

ユーモアを交えたお話は、興味深く、楽しいものでした。

加賀氏は芹沢光治良の文学は、香りの高い文学と話されました。

巴里に留学されたことなどもあるのでしょうが、芸術や音楽に詳しく、
つねに神の存在が感じられる作品であるから、
小説が奥が深いものになっているとも話されました。

芹沢光治良氏は、決して恵まれた環境ではありませんでした。
父親が天理教にすべてを寄付したことから、貧しい生活を強いられます。

中学へは、海軍軍人が援助してくれました。
非常に優秀な成績で一高へ・・・ここでは沼津の資産家が助けてくれます。
東大でもしかり・・・

どこか反骨精神のある作家でもあったようです。
戦時下でも屈することなく、自分の主義を貫いたそうです。

加賀氏が一番好きな作品は”人間の運命”・・・・14巻に及ぶ大作です。
人間の運命は長編ですが・・・私も素晴らしい作品だと思っています。
日本の歴史やその時の宗教観、戦争観、社会観、恋愛観などなど、神とのかかわ
りを
交えながら、描かれています。


私の個人的な意見ですが・・・

当時の女性は親の言うことを聴き、夫の言う通りに行動することが、美徳。
たとえ教養がある、自立心のある女性でも、自分の意思を貫く決断ができない時
代でした。

そんな女性を応援するために・・・たくさんの小説を描かれた気がしています。
 

のちに”人間の運命”や神のシリーズなどを描かれていくのですが・・・

加賀氏は神の存在がかんじられる作品が・・・奥が深い。
最近の日本文学は、神の存在から離れてしまったことが・・・面白みをなくし、
殺伐とした事件が起きていく背景にもなっている気がするとも話されました。

私にはとても印象に残りました。

緑に囲まれた環境で、居心地のよい空間で、心に響く音楽を聴き、楽しくも興味
深いお話を
聞くことができました。

主催者の方々の、ご苦労とお心使いに、感謝の気持ちでいっぱいです。
ありがとうございます。

充実した一日を過ごさせていただいたことに・・・感謝しています。


(2)・感動的な芹沢光治良先生のお孫さん達の演奏と
    参加された方々の芹沢光治良先生への思いが
    重なり合った魂のふれあう演奏会でした。      
   ・加賀乙彦氏が芹沢光治良との出会いや、芹沢作品は、
    「香り高い文学」、「反骨精神」と「神の存在」を感じさせる。
    特に、「人間の運命」の素晴らしさを紹介してくれました。     
  

2007年10月12日

第6回芹沢光治良愛読者全国交流会報告1

「定刻が参りましたので、第6回芹沢光治良文学愛読者全国交流会をこれから開催いたします。」司会の平山さんが10月6日(土) 国立女性会館で最初に発言したこの言葉は、私の心の中で「いよいよ始まった」と心の中で叫んでいました。思えば、 芹沢光治良文学愛好会でこの全国大会の実行委員会の第0回の会議は、今から2年前の6月でありました。あれから2年、 いよいよこの全国大会が始まりました。

 今回の全国愛読者大会は実行委員長の私が、あれもこれもてんこ盛りに入れた企画でした。 まるで生徒に隙を与えない修学旅行のようなものと大いに反省しています。もっと全国から参加された方から、 多くの発言する機会を作るべきだったと思います。ユーモアを交えて話された加賀乙彦氏の講演での質疑応答、 あの作家と芹沢光治良について直接、話してみたかった会員は多かったはず。帰りのタクシーまで、様々な人が話しかけていました。 若い男性もどうしてもお話ししたいと私に申し出があり、楽屋へ案内しまし、加賀氏と対面した時の表情は私が、 若い時に芹沢光治良氏に読書会でお会いして質問したあの感動と同じものだったと思います。講堂の場で発言することは勇気がいることですが、 いろいろ質問したかった参加者はたくさんいたと思います。かくいう私も質問したくなりましたが、ぐっとこらえてしまいました。また、 最終日の羽鳥徹哉氏の鼎談は、白熱したものでした。大いに盛り上がり、時間が足りず、 参加者の方の反応を見ているといろいろ意見を表明したい読者もいたと思います。もっと発言する機会を作るべきだったというのが私の反省です。

 事務的な忙しさのあまり(私がもっと先を見て動き回ればよかったのですが) 当日来られた参加者の方に無礼な態度を取ったことと思います。特にHPで多大にお世話になっている芹沢文学館の館長森高様には、演奏会では、 お会い出来てわずかなお話しかできなく申し訳なく思っています。私は、芹沢文学館の森高様の月報のファンで、 毎月読んで自分の志を高めています。本当はゆっくりお茶を飲みながらお話ししたかったのですが、講演会終了後、簡単な挨拶をして、 「アンケートにご記入を!」と叫んでアンケート記入のお願いに走り回ってしまいました。すいません。

 芹沢光治良の文学精神とよく愛好会では話しが出ます。芹沢光治良の文学精神って一体なんでしょうか。私は、 この全国交流会に参加して、それがわかった気がします。芹沢光治良の文学精神というのは、人です。森高様、岡山の山本先生、 愛知の岡本様を始め、芹沢文学愛好家の方の人格の素晴らしさは、私をとってもリラックスしてくれました。芹沢光治良が文学で種を蒔き、 日本全国の素晴らしい人と出会うことが出来ました。芹沢文学は人を育ててくれるのですね。 私も参加者の方を見習っていきたいという思いを強くしました。

 今日から高校吹奏楽部の東関東大会に参加する為に、一泊二日で栃木県に行きます。ブログを書くことが出来ませんが、帰ってきてから、 報告というか全国大会の記録を書いていきたいと思います。

 それではお休みなさい。

2007年10月13日

第6回芹沢光治良愛読者全国交流会報告2

平山さんの挨拶は続きます。「北は北海道の江別から南は九州の福岡、大分からなんと6名もお越しいただきました。 愛知名古屋から25名、忘れてならないのは、韓国から小谷先生の友人鄭先生がお越しいただきました。」 全国の芹沢光治良の熱心な愛読者が参加されました。私の目標は、参加者全員と会話をして芹沢光治良との関わりを聞こうと考えていました。 しかし、話しを進める内に、その人柄の素晴らしさに、芹沢作品が取り持ってくれた縁だとまさしく思いました。

平山氏は、次に芹沢光治良文学愛好会の代表である鈴木春雄氏を指名しました。「愛好会が始まったのは昭和52年。 今年の7月で満30周年を迎えました。これもひとえに愛読者の方のおかげですし、また愛読者どうしの絆を感じています。 何よりも芹沢文学がそういう絆とか、愛好会を30年間つづけられる力を持っているとか、 そういうところにあるのではないかとつくづく感じているわけです。私は、よくいうのですが、この30年間月一回の月例読書会を欠かさず、 やってこれたのが本当によかったと思います。芹沢先生の作分は、わかりやすい言葉で、 誰にも読んでいただいて理解できるというところに魅力がありますし、また、行間を読むと言うことでは深いものがありますし、 また強靱な文学力というものも存在していると思います。そういうところも多くの方にわかってもらって35年、40年、 50年とこれから次の世代に芹沢文学を継承できたらと考えています。 誰でも垣根を越えて愛好会の会員になるようにそういう事を維持しながら楽しい読書会に努力していきたいと思います。 本日は本当にありがとうございました。」

 改めて、この三日間の全国大会で学んだことは、いかのことです。

 今の世の中、神シリーズのなかで親神の声で「平成」の世の中について触れていますが、世の中が平になり、 今まで見えなかった物が見えてきた世の中になったのでしょう。それは残念ながら、悪い部分も見えてきました。 私達が気づかないところがいきなり目に見えてとまどっているのが今の世の中ではないでしょうか。 なぜ知らない内に心の荒廃がこれまで進んでしまっていたのに親神様にとって気づかされたと思います。周りが見えてきました。 だからこれから善の方に行くのが、『天の調べ』の森高氏の書評「親神は、1987年に、宇宙がはじまって以来、初めて、人類救済のために、 地上に降りられた。それも、自分に似せて苦心の末に創られた人間に、神の望む陽気暮しをさせるためであり、人間は各自その事を思い出し、 自分に与えられた才能を生かして、助け合い、喜び合うなかに、神に感謝して生きれば、必ずしあわせにその生を全うできる」 と書かれていますが、平になって見えてきた現実から努力して才能を見出し、助け合い、喜び合う事こそが、 真の陽気暮らしがまっているのでしょう。この見えてきている現実から逃げ出さないで何をすべきか、わかりやすく書かれています。 そのことが人格を育てていく事なのでしょう。

私の主観の報告です。読みにくい事をお許し下さい。

 東関東大会は充分な練習場所がなくぶっつけ本番で金賞をいただきました。その充分練習できない現実のなかで、 とにかくやれることをやったからだと思います。

2007年10月15日

第6回芹沢光治良愛読者全国交流会報告3

6日の来賓は、サロンマグノリアの岡玲子様。芹沢光治良の4女でマグノリアを主宰して、いろいろな講演を企画していただき、 その後のお茶を飲みながらの、参加者の方々の話し合いがとても楽しく、ためになります。

 ところで、芹沢光治良の遺族を代表してご挨拶してもらいました。 「父からのメッセージとしてお伝えしたいことは心から愛好会創立30周年を父もお祝いしたいということです。」岡様は、 挨拶の中で芹沢光治良文学愛好会の事を『機織り機』に例えてくれました。「愛好会代表鈴木氏が機織り機で、 父とその作品が縦糸でそして私達会員が横糸という連想です。どのような織物を織って歩んで来られましたでしょうか。みなさんご存知でしょう。 縦糸も機織り機も無償で人間の高貴な精神織物を一筋に何枚も織り続けてこられたと私は思っています。 縦糸はいつも同じですが横糸はいつも違う。作者と読者の織物を手に出来ますのが、読者会であろうと存じますが、 父が生前読者の方々の対話を大事にしていました事を思うにつれて会員の皆様に読書会を大事にしていただきたいとお願いしたいと存じます。 父が亡くなりまして早13年が過ぎ、14年目に入っています。 生前の父をご存知でいらっしゃらない方が愛好会の会員の中で半分くらいいらっしゃいますでしょうか。 でも父はあちらの世界から会員皆様に出会っていると私は強く思い感じております。振り返って見ますと私達から離れていった後、 父は私達の前に芹沢文学を支えてくれる人を父がこの地球上で知らなかった人を連れてきています。」

 岡様の話を聞いているといろいろな縁で芹沢文学から繋がっていくということです。岡様はこの後、 どういう人が連れて来られたかお話をされました。芹沢文学から様々な人と繋がっていく。これこそ文学の力でしょう。

 岡様の挨拶で、芹沢光治良の文学作品の力を改めて知ることが出来ました。私は、芹沢文学作品のおかげで愛読者の方と知り合い、 芹沢作品について話しをする幸せを感じます。

 

2007年10月17日

第6回芹沢光治良愛読者全国交流会報告4

 今日は、私が勤務する学校で、『風林火山』を練習した。試験一週間前ですけど、10月27日(土) 近くのこの辺では大きなショッピングセンターで演奏する予定なので、放課後一時間半だけの練習です。テーマ音楽は、NHK交響楽団で、 私の学校の演奏の差にただ呆然とします。家に帰って、『風林火山』を見ようとしました。考えてみれば、 唯一ニュース以外で見るテレビ番組でしたが、3週間も見ていませんでした。今から振り返ると、全国大会の準備で忙しかったと思います。 でもその時は、夢中で忙しいとはおもいませんでした。私が大好きな芹沢光治良についての事です。忙しくて嬉しかったというのが、 素直な気持ちです。

 ところで、この日の挨拶は、芹沢文学館 館長 松本亮三氏にも、 お願いしました。松本館長は、「館長になってはや5年もたちました。さて、このように芹沢文学愛好会が30周年も続いたのは、 芹沢光治良という作家が持つ魅力でしょう。今回のポスターには『魂を浄化する良心の文学』とコピーされています。」と作家の魅力を 『良心の文学』にあると指摘されています。このコピーを作成した池田氏の芹沢光治良の見方は、本質をとらえていると私は思ってましたが、 松本館長もまさしくそのように思っていたのですね。嬉しかったです。

 この挨拶で松本館長は現代人の特質について述べています。それは、挨拶の終わりの部分で「油断すると汚れやすい魂を持ち、 また良心を失いやすい現代の日本にとってまさに魂を浄化する良心の文学」とまとめてくれました。

 館長が言う「油断していると汚れやすい」という点は、私達はしっかり肝に銘じて行きたいと思います。

 ボクシングの世界では、Kという二十歳に満たないボクサーの事で話題に上がっています。Kは、 セコンドから反則を示唆され世界戦というまさしくボクシングでの聖なる場でも当たり前のように反則行為を行ってしまうのは、 まさしくあの父親の背中を見て育ったことだと思いますが、Kも「油断していると汚れ」てしまったのだろう。

 私はあの父親がなぜあれほど社会に対して斜にかまえて、突っ張っているのか。それも若くない、おそらく40代の男だと思います。 K自身よりは、父親がこれまで育ってきた過程に関心を持ってしまう。

 また、Kはあの個性で人気を得ていたのも事実です。遠慮ないひどい物言いを称賛していた多くのKファンの人は、 どう思っているのだろうか?

 愛好会の会員である山本正夫氏と若い人の常識が無い傾向が強いと話した事があります。 山本氏は若い子が悪いのではなく大人がよくないと私に話しました。若い子は、大人のまねをしているだけだと教えてくれました。今回のK家は、 やはり父親のボクシングの取り組み方に大きい問題があったと思います。Kの父親もマスコミにのる前は、そうでなかったと思います。 しかしKの父親は典型的な普通の「油断すると汚れやすい魂を持ち、また良心を失いやすい現代」人ではないかと思います。 

 報告ということでありましたが、話しがそれてしまいました。すみません。

私の挨拶に代えていただきたいと思います。

 

2007年10月20日

第6回芹沢光治良愛読者全国交流会報告5

平山氏「読書会という事では、日本各地にあります。今日は各地で開催されている読書会を順不同で紹介していきます。 最初に芹沢文学大分・友の会芹沢文学研究会小串信正さんをご紹介します。」

 「芹沢文学大分・友の会芹沢文学研究会を主宰しています小串というものです。・・・芹沢光治良文学愛好会は、 30年前芹沢文学館東京友の会という発想で、 始めたわけですがその時は春と秋に研究発表や講演会のようなものを持ちたい,それから年何回か芹沢先生の懇話会ですね、 そういうものを持ちたいと言うことが最初にそういうものがありました。

 そのうえに、特に熱心な方達に、 毎月来ていただいて芹沢文学愛好会というのをやろうとそういうことでその当時芹沢文学研究会という形でやっていたのです。 それが研究会ということでは、ちょっと名前が重すぎると言うことで、実際は読書会ということで、愛好会という形で名前が変更されました。 その後、私は大分の方に帰りまして、一人で研究をしておりましたが、芹沢文学については、これだけ熱心な愛読者がいるのですが、 なかなか研究をしている人がいないと、その研究もないということもあるのですが、文学史において評価をされていません。 それで是非とも学術的な研究の必要性をもう一度自覚しまして、地方の大分で芹沢文学研究会を再開しました。それが平成4年、1992年、 1月に発会しましたので、現在16年目の歩みをしています。

 これは地方の会というよりも意識としては全国、或いは全世界の意識を持っております。 ですから今回こういう資料を作りまして受付のところにおいてありますのでお読みいただいて、もし興味を持たれましたら、 是非ともご入会していただきたいと思います。全国各地に会員がおりますが、 実際には地方の大分市に会を持っていますので研究例会というのが持てません。 その上に年一回やらなくてはいけない総会さえも開いていないような状態です。年4回四季報として春、夏、秋、冬、 会報を送ったり同封資料を送ったり、することしか出来ていません。名目が芹沢文学研究会という大きな名前を付けておりながら、 なかなか成果を出していないとは私の力量不足によります。

 会が発会した時に芹沢先生が平成5年に急になくなりました。その一年前から始めましたが、 先生が亡くなることを予定していなかったので、その時はあわてましたが、そののちもずっと続けています。 それで会誌として芹沢文学研究と批評、これ出すことになっているのですが、 なかなか創刊第一号を芹沢先生の追悼号として平成7年に一回出しました。手作り的なものですが。その内の第2号とずっと追ってきたのですが、 なかなか現在まで出せていません。現在準備をしていますので出来るだけ早く第2号を出したいと思っています。 そういうことで実際の活動は行われていないのですが、本来はHPを作ってですね、そこで芹沢文学研究会をHP上で行うことも実際は可能です。 実際それを作れてないのですが、そういうことも後には考えていきたいと思っています。芹沢文学研究会の大きなひとつの目標というのは、 芹沢文学が日本文学史において高く正しく評価される、その啓蒙を行うということですね。それから、全国、 この会員の方を中心にその方がその地域において友の会を作り、読書会をすると言うようなことを育てていきたいというふうに思っています。 ですからそういう会員の方、新しく会員になられた方、地方で小さな読書会を始めたいと言うことがありましたら、 申し出ていただきたいと思います。まあ、どれだけの助言や援助が出来るかわかりませんが、 出来るだけその会が続いていけるような形で援助したいと思っていますので、申し出ていただきたいと思います。

 芹沢文学研究会という名前を付ける以上は、本当はどこかの大学の研究室にこの会の事務局を置くというのが本来の理想です。 そういう方が表れましたらそういう方に譲るというかバトンタッチしていいと思うのですが、細々とではありますが、 学術的な芹沢文学の研究と言うことを掲げて、活動を続けて行きたいと思っています。どうもありがとうございました。」

 大分の地で、芹沢文学を研究されてる小串様、お話を聞いて感銘を受けました。思えば、芹沢文学研究会の頃、 まだ学生だった私は、小串さんとお話したことがあるのです。その頃の芹沢文学の研究に猛進された小串氏は、全然変わっていません。 早く第2号読みたいですね。

 

 

2007年12月13日

第6回芹沢光治良愛読者全国交流会報告6

 久しぶりの更新です。いろいろありまして、更新が遅れてしまいました。すいません。

全国大会の報告は、時間をかけて続けていきたいと思います。今回は、10月8日(月)に開催された

成蹊大学名誉教授 羽鳥徹哉による
芹沢光治良文学愛好会30周年記念講演会 「近代文学に於ける芹沢文学の位置」です。

「近代文学に於ける芹沢文学の位置」という演題は、文学の専門家の立場からすると、なかなか難しい内容ではないかと思います。しかし、 芹沢光治良の作品を読んでいると、同時代での他の作家との違いを何となく感じてしまうのは、私だけではないと思います。 この違いがいったいどこから来るか、芹沢光治良という作家が生まれ、長い執筆期間を通して、 最後に神について真摯な姿勢で書いた神シリーズという一連の作品群までの流れを、日本の近代文学では、どのように総括出来るか、 何とも知りたく、羽鳥先生にお願いをしました。

 羽鳥先生は講演の前に場内の緊張をゆるめるように、この演題について面白くお話をしてくれました。

「おはようございます。」「芹沢文学愛好会の30周年記念だそうで、どうもおめでとうございます。 今回はこの三日間に渡っていろんな行事をおやりになって、私にもですね、もっと早くから来いというお話で、 私もなるべくそうしたかったんですけど、えーと、今日のテーマが大変なテーマでね。考え始めたらたいへんだなあ。(会場から明るい笑い) 間に合わない。準備が間に合わない。と思いまして、とうとう今日まで来れなかったんです。(笑い)

 

 という感じで、穏やかな口調で会場を明るくさせて本題に入っていきました。

先生は、この壮大なテーマに対して6ページに渡るレジメを作成していただきました。 「近代文学に於ける芹沢文学の位置ということで話しをしろという事でした。そういうことになりますと、 位置ということになるとその近代文学の歴史の中でどんなとこにいらっしゃるのかなあと考えていかないといけないわけですよね。 それでまず最初に近代文学の歴史のおさらいをしておいたほうがいいかと思ったんですね。」

 ここから私達にわかりやすく近代文学の歴史について話されました。(続く)

 

2007年12月25日

第6回芹沢光治良愛読者全国交流会報告8

 ・・・ この頃、神シリーズをお書きになるのですね。少しだんだん世界は平和な方向へ向かいつつあるということを、意識なさって、 ますますそれを推し進めていかなくてはならない。と芹沢先生は思っていらしたそうです。
 そのあと、大江さんのノーベル賞があり、今日本に文学者が多いですけど世界的に知られているのは、まあ大江さんのもの、 村上春樹さんのものがアメリカ、ヨーロッパ、中国で読まれている。このころまでは平和で良かったのですが、 平成13年に国際貿易センターに旅客機が突入してそこからちょっと困った感じが広がってきたと、 有用なものが近代の歴史と文学というものの流れだと思います。

 と羽鳥先生は、明解な語り口で、文学史をまとめていただきました。この理解の前提で「近代文学に於ける芹沢光治良の位置」 という話しが進んでいきます。

 じゃーこういう文学の歴史の中で、芹沢さんの文学はどんな風にとらえられているだろうかということをちょっと見ています。

 次の「既存の文学史の中の芹沢文学」
 「昭和文学12講」というのが昭和25年12月改造社から出ています。その中の第5講新興芸術派と新心理主義文学) を伊藤整さんが書いていますが、 昭和5年に改造社から新鋭文学叢書が出ましたので芹沢さんが書いていると書いていますが芹沢文学がどうこうと書いていらしゃらない。
 次に高見順さんの『昭和文学盛衰史 二』(昭和33年11月、文芸春秋社) に出ましたがその第4章といろいろな例をあげてどのように評論されているか教えてくれました。
 この作品の中で、〈作品、人物ともにヒューマニスティックな、そして国際的な目を持〉つ、〈出発から今日に至るまで、 ずっと自由主義者として貫いている〉、と表されています。

 羽鳥先生は、過去の文献をひもといて「既存の文学の中の芹沢文学」を紹介してくれます。

 そこで羽鳥先生は、新しい視点を提示します。

  さっき述べた、その復習した文学史は、ごく一般的なもので、文学史といってもね、

                              (続きます)

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