2009/9月の読書会「パリよ、さようなら」(昭和30年9月発行)で、
疑問に思っていたことを解決してくれる作品を見つけました。
「読書会での疑問内容」 ・パリを離れるとき、ヨシ子との会話で・・(P34)。
「こちらの人の第二次世界大戦の苦しみ方は日本人と違ったんだね。
苦しみの次元が違ったんだな。 日本人は意識的にこちらの人の苦しみ を自分のものにしてかからなければ、これからの世界のなかで落伍する よ。 日本の最近の政治や経済のあり方や日本人の心理状態などを、こっちで考えると、全く第一次世界大戦後みたいで、すでに落伍しかかっているようで、見てはいられないなあ」
「疑問点」・ヨーロッパ人の「第一次世界大戦の苦しみ」と「第二次世界大戦の苦しみ」
の違いが分らなかった。
「作品」
■昭和30年9月の「現代女性講座 1 幸福な生き方」 (角川書店)
「幸福になるための愛と憎しみ」 と題して執筆されている。
「内容抜粋」
(昭和30年の頃の日本を思い浮かべて読んでください。)
・文明の最も進んでいるといわれる西欧の人々が、一生の間に二度の世界戦争をどんなふうにしているか、二十数年の間にどれほど文明が進歩しているか、現地をみて判断したい。
■1951年(昭和26年)に、世界ペンクラブ大会にため渡欧する際、PTA会長をしていた多聞小学校6年生の図画と作文をパリの小学校と交換をする。
・日本の小学生は、家庭、生活の不安を訴えていた。 しかし、フランスの小学生は一人も自分の生活や家庭生活を訴えるものはなかった。
「フランスの校長の話」
「・・・その日の暮しに困るとか、父が亡くなったら浮浪児になるような家庭は一軒もありません。 100年前にはあったかもしれません・・・
今度の戦争後は、相互扶助の精神が制度化して、そのために勤労者は明日の心配がなくなって、人間らしい生活を楽しんでいます。・・・」
・フランスの子供手当の充実(子供一人:三千五百フラン(三千五百円))、イギリスの社会保障制度の確立など、一般の庶民は、大戦争があったにもかかわらず、幸せになっていた。これは四分の1世紀だけの文化の前進、進歩だとなっとくできて、人類の将来に絶望しないでもいいのだと、自分に言い聞かせた。
・人間の生活が保障されている国にあってこそ、人間の幸福は、各自が発見すべきだとか、人間の幸不幸は、その人の性格によって決定されるから、各自幸福をうつし出す心の鏡を持つように努力すべきだとか、言えるのではないだろうか?
・人間が生きる基本的条件について、語ることは、政治論になっても、幸福論にはならないかもしれない。 しかし、その基本的条件がそなわらない日本では、今日、いわゆる幸福論をすることは、道徳論をすることになったり、ややもすれば、不幸な庶民にあきらめを強いることになりはしなかろうか。
・政治論として、日本と同じ民主主義の国であるスイスやイギリス、フランスなどが、すでに人間の生きる基本条件が、よい政治によって、備わっているのに、何故日本ではそれが不可能であるか、考えるべきではないか?
・イギリス、フランス、スイス人も日本人とさして変わらない。 日本人も元来勤勉で、平和な人間である。
・スイスは、貧富の差が少なく、一般に富んで、生活が豊かであるばかりではなく、誰でも人間としての生活を保障されて、勤労の意欲さえあれば将来の心配のないように置かれていれば、人間は悪い事をしなくてすむし、自然に健全な生活をするようになるものであろう。
・これに反して、日本では、人間が荒野に放された動物のように、明日の安心のない状態におかれていれば、人間はいつか新聞の三面記事になるようなことを行い、自然に悪人も出て、社会生活が乱れるものであろう。
・日本の庶民は、政治の面から人間として扱われていないから、いきるために自力であせくせしなければならないから、不徳漢のように見えることが起きるにすぎない。
・個人が幸福になるためにも、その属する社会や国家が良くならなければならないという条件があると感ずる。 そして、幸福について考える場合、常に個人の精神の在り方や生き方が問題になって、この条件が忘れ去られる。
・私達は自分だけでが幸福になろうとしても、なれないような時代にいきていることを、知らなければならない。
・自分や家族だけが幸福になろうとするよりも、隣人とともに幸福になった方が、その幸福が確実で永続的であることを知らなければならない。
■私達は社会生活において、長いベンチに多くの人とならんで掛けているいるようなものである。 そのベンチに安全に腰かけている間は、みな平和に暮らしていられて幸福である。しかし、いつそのベンチから落ちるかも知れないから、必死にしがみつくようにして掛けていようとする。
自分だけがそのベンチにいつまでも掛けていようと努力するよりも、そのベンチが動揺しないように、ベンチが腐敗しないように、みんなで相談して、誰も落ちないように助け合うことの方が、もっと安全である。
・自分だけではなく、隣人とともに幸福になる方向に努力することは、言葉にかえれば「幸福になるための愛」と言うのではなかろうか。
・その現実を阻む者を憎む事が、「幸福になるための憎悪」であろう。
■イギリスの社会保障制度、フランスやスイスで実行している福祉制度を実施している友人たちはこう答えた。
●自分達は第一次世界大戦では、「動物的な苦悩」をしたが、第二次世界大戦では「人間的な苦悩」をしたからだ。
・動物的な苦悩とは、家を焼かれた、夫や息子が戦死した、食料に窮し・・・
というような苦悩だ。
・第二次世界大戦にも、そうした苦悩もしたが、その上に、なぜ自分達は戦争しなければならないか、同じように敵をも愛せよ説くキリスト教を信じながら、同じジェネレーションになぜ二度も戦争をしなければならないか、初めて自分達は疑問を抱いて、苦しんだ。「人間らしい苦悩だ」。 その苦悩の中で、人間がお互いに愛しあう以外に、自分達に平和も幸福もないと、みんなはっきりと知ったんだ。
・平和になると、その愛し合う精神をまず国民の間で生かそうとして、相互扶助の社会保障制度を設けたのだ。 国民の間でそれが出来なければ、他の国民と愛しあえることもできないし、世界平和など口にもできないという勢いだった。 もちろん財政上は困難だ。 しかし、戦争中、人を殺す戦争目的のためには財政困難などと、言ってはいられなかった。 まして、平和の目的のために、国民がみな愛しあうために、財政上困難ということはあり得ないし、あってはならないんだ・・。
■私たちの幸福はともかく、子供や孫たちの幸福を思う時、私たちがそのためにやれることは、私達の社会を、同じ民主主義国のイギリスやスイスやフランスのように、人間らしい生活ができるような社会にすることではあるまいか。 そんな社会に急速にできなくとも、それに近づけるよう努力すべきではあるまいか。それは、政治に関係もあろうが、同時に、人間らしい愛の問題である、そして、私たちの社会を現状のままにとどめようとするあらゆるものに対して、憎悪を持って、たたかわなければならない。 それが、次ぐに来るものの幸福を保証する愛ではなかろうか。
読み終わって、芹沢光治良先生が、昭和30年の日本の庶民が幸せになるための道筋を力ずよく書かれています。 特にインパクトがあったのは、「戦争中、人を殺す戦争目的のためには財政困難などと、言ってはいられなかった。 まして、平和の目的のために、国民がみな愛しあうために、財政上困難ということはあり得ないし、あってはならないんだ」。
以上