12月26日 短編小説『小さい運命』
 文学界 昭和13年10月号 
 芹沢光治良文学館9 短編集「明日を逐うて」 新潮社 平成9年2月10日発行
 司会:小林茂樹  参加者:32名

 

 マイナスが後年プラスになる。この言葉が今回の読書会では、胸に響いた言葉ではないだろうか。

杉が三歳の時、子守のとめが眼を離した隙に池に落ちてしまい死にかける、と言う事件が起こり、これをきっかけに父親は信仰の道に入り網元の家が潰れ、杉は消極的な性格になる。後年、杉が結核になると、その原因は自分にあると思い、とめは詫びたいと願いながら他界する。杉はその話を聞き、今の自分があるのはとめのお陰と感謝する。

 小さい運命と題名にあるが、じつは大きな運命であり、人生の分岐点でなかったか。運命と有るが、そう導いた努力も大いにあっただろう。貧困に苦しみ、消極的な性格に悩んだが、それも全て含めて、今ある自分を肯定し満足しているからこそ、とめの過失に感謝することが出来たのだ。その時はマイナスに悩み苦しむかも知れないが、生きて努力し続けていけば、最後にはマイナスによる困難をも感謝することが出来るほど、じつは自分にプラスになっていた。人生は無駄がない。そんな心温まる意見が多く出たのは、やはり、この愛好会ならではだろう。

 また、一生涯良心の呵責を持ち続けた、とめの誠実さにもこころ撃たれ、その後努力したであろう人生を思い、責任感の強さをも感じられた。

とめの息子である健一が年より老け、漁師の苦労を全身に漂わせていることに、運命が違えば自分がそうなったのではないかという申し訳なさがテーマになっているのではないかという意見もあった。

 主人公以外も立派に書かれており、日本人のこころを感じさせる素晴らしい短編ではないか。構成が上手く、時代性もよく出ている、と言う意見に納得した。

 天災や悲しい事件が続いたこの一年だったが、来年に希望を抱かせるような、締めくくりにはふさわしい読書会となった。