『2004/8月 第325回 読書会の報告』
 8月29日 短編小説『都会の人』
 文芸 昭和13年10月号 改造社
 芹沢光治良文学館9 短編集「明日を逐うて」 新潮社 平成9年2月10日発行
 司会:豊田節子  参加者:24名

 

最も多かった意見は、上流階級の傲慢さへの批判だった。

自分の楽しみだけでおもちゃのように愛し、不必要になればゴミのように犬を捨てる都会人のエゴへの憤りから、現在にも繋がる犬の飼い方、飼い主のマナーなどの意見も聞かれた。

又、太郎一家が持つ将軍家への忠誠心が現代の私達には理解できず、太郎一家の不幸を考えるが、その当時を知る方によれば、それは不幸でも何でもなく、それが当たり前の事、当然の事と思われていたようだ。

上流階級への理不尽な忠誠が当然と思わせる教育、自分達の権利を学べなかった為の不幸という意見と、又、上流階級の娘達が他人を思いやれず、自分の行為に罪悪感も持たないよう教育されたことも不幸なのではないかという意見もあり、身分の不平等はお互いに不幸なのかもしれないと考えさせられた。

作品の最後は、もどった犬を見ながら都会人に憤る太郎の前に、別荘の後片づけの為空き缶の山を抱えて下りてくる父親の姿が描かれているが、この最後は、料理も出来ない女性、それを許す将軍の低俗さを表している。又、その頃高価だった缶詰を出すことで貧富の差を強調している。などの意見が出た。理不尽さに憤る息子の横で別荘の仕事に励む父、生活のための従属の精神を強靱と見るか、哀れと見るかは人それぞれだが、少なくとも家族は理解し合い支え合っているのではないか。

時代的背景を踏まえると、都会人と別荘地の人を日本と中国で表しているのではないか。

軍人への批判ではないか。傲慢な将軍が下々の者を思いやれずにいれば、いつかは木の伐採が象徴する将軍の死、又、帝国主義の死という事になると暗示しているのではないか等意見が出た。

その他、ユーモア小説、娘への教育の教訓、この犬は利口かそうでないか、等々様々な意見で賑わった会となった。