『2004/1月 第318回 読書会の報告』

 1月25日 『女にうまれて』(第1回 7章まで(全2回))

 司会:田村英里  参加者:25名

(内容)
「個人的な感想」
・戦前の女性:母(よし子)
・戦中の女性:松子・友子
・戦後の女性:扶美子・礼子の「女性」が、その時代をどう生き・どう考え・どう行動・どうすべきかを戦後

10年後(S33)の女性達に投げかけているのでは・・。

 (本作品は、ご家族をモデルに書かれており、興味深く読みました。しかし、あくまでも小説として読みました。)

・私は、一読して、父親の立場から
@母(よし子)と娘達の生き方の対比。
A父親の娘達に対する細やかな愛情と「同じ父親の自分」との対比。
B11章に書かれている

  『習慣に従って結婚し、その結婚から生じた様々な面倒を、さも人生だというように、すなおに処理したり、苦しんだりしたことが、悔いられた。 人間は結婚などしなくてもよかったのだと、五十歳すぎて、しかも4人の娘をもち、その二人が結婚してから、はじめて知ったような気する』この意味をどう理解すれば良いのか?などを考えました。

今回は、前半が中心だったため、あまり突っ込んだ話になりませんでした。
2月の読書会では、Bについて皆さんからお話しを聞きたいと思っています。

【余談ですが】

 この作品を読んだ二十歳頃の読書メモがあり、読み返してみると。30年近く経った現在と同じような感想が書かれてあり、進歩の無さに驚く反面、「無垢の心」を忘れることなく芹沢文学に触れてこれたことに驚きもあります。

メモによると
 ・友子が結婚する際、相手の親に対して「私は娘を立派な人間として育てたつもりです…」と言い切って言葉が、作家の女性の結婚の考え方であろう。

  自分もこのようなにいい切れる父親になってみたい。

 ・父親の素晴らしさは、本来、母親の役目なのだろうが、母親を補って、娘の気持ちの中まで入って共に考え行動した。子とが娘達に響いている。

  最後に自分も父=作家のように生きてみよう。  と書いている。

 (今,読んでみると何とも恥ずかしいのですが…)

 

以上

 今月の月例会