大分の読書会の案内です。5月のお知らせです。
案内通信No. 8 9
2011年4月22日 (平成23年)
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4月便り
しんさい か はなさ
一一震災と原発禍(か)の地(ち)にも一一一花が咲が咲きー一
3月11日午後2時46分に東北太平洋沖で起きたマグニチュード9.0の大地震は、
「東日本大震災」と命名されましたが、 1ヶ月過ぎた今でも、余震や福島原発の危機は終息していません。大津波に呑まれた海岸は全滅で、瓦礁の山と化した被災地の惨状は目も当てられません。死者と行方不明者は3万人にもなろうとしています。明治29年の三陸海岸大津波でも2万7千人以上の犠牲があって、大堤防が造られていましたが、今回の大津波はそれを越えて壊滅しました。しかも、今回は安全だと言われて推進されていた原子力発電所が、チェルノブイリ原発爆発の二の舞いになる危機で対策がもたつき、まだ安心とは言えません。放射能の惨禍で、農業や漁業が出来なくなるばかりでなく、元の家には帰れなくなることも心配されています。九州の大分でも、いつ大地震や大津波が起こるか分かりません!
しかし、気を取り直して、「芹沢文学読書会Jを続けていきましょう。前回は大地震の後でしたが読書会を持ちました。テキストとしては「旅のあとJを読み語りました。山辺先生もので、「冬のはじめJや「春の記録」も同じ設定で、戦中の昭和17年に書かれたものです。今回は、その次の短編小説「写真」を読みます。これで『芹沢光治良文学館9 nの短篇集を全て読み上げたことになります。思えば、良く読んで来たと思います。どうぞ、都合を付けて、お出掛け下さい。
第89回・芹沢文学読書会
①日時; 5月1 5日(日)(*今回は第3日曜日になります〕
②会場;大分県立図書館研修室No4 10:00~12:00AM
③内容; (1)芹沢光治良先生のお話(カセットテープ) 10:00 ~10:20
平成3(1991)年1月27日の芹沢文学愛好会の月例会での講話の続きを聴きます。最晩年の連作を毎年一巻ずつ創作し刊行していました。
(2)芹沢文学読書会 10:20 ~12:00 担当・司会小串信正
Oテキスト;短編小説「写真J
戦時中の女学校の教師のやす子と順子の生き様。沼津での再会など。
初出;昭和17年の前半と思われますが、掲載誌は不明です。
初刊,~春の記録』に収録されて昭和17年8月1日全国書房から発行。再録,~芹沢光治良文学館9 短篇集 明日を逐うて』
平成9年2月10日新潮社発行。530 ~ 540頁に採録された。
*部分的には読みますが、予め読める方は通して読んで来て下さい。
一次回は、奇数月の第2日曜日の7月10日(日)の予定です。=
。同封資料;随筆「立候補せざるの辯j芹沢光治良随筆集『幸福への招待』昭和28年6月30日要書房発行「Ⅳ平和をもとめて」に収録。151 ~153頁。昭和28年3 月に書いたもの。発表の出典は不明。*文事家協会で参議院選挙に職能代表を送ろうということで、石川達三、阿部知二氏と芹沢光治良氏に立候補の誘いがあった。しかし、結局三人とも辞退して、立候補はしなかった時の一文です。
芹沢文学・大分との会 *間合わせなどは土・日・月曜日に。
連絡先:干870-0171大分市法勝台3丁目8番2号小串信正方
郵便振替口座01970-5-16072/芹沢文学・大分友の会
ふじ
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芹沢文学・大分友の会
会報 No88
第88回・芹沢文学読書会の報告
3月13日(日〉の午前10時から県立図書館の研修室No. 4で、第88回の「芹沢文学読 書会Jを聞きました。芹沢光治良先生の講演録音テープは、平成3年1月17日の芹沢文学愛好会での芹沢光治良先生の講話を聴きました。丁度20年前になります。大自然の神について語り、「神の水Jを求める人に配ったりしていました。キリスト・イエスの痛みを霊的に体験したとのこと〈この左手の痛みは2年間続いたとか)。
同封の資料についての説明。沼津市の芹沢光治良記念館での新しい展示(手紙)についての1月17日の朝日新聞の紹介記事(高津祐典〉と神渡良平著『主題のある人生』の211頁に「私の尊敬する作家の芹沢光治良の信条」としての一文を紹介しました。
読書会では、短編小説「旅のあとjを読み語りました。この作品は戦中の昭和17年7月号の雑誌<オール讃物>に発表され、短編集『春の記録~(昭和17年8月1日全 国書房発行〉に収録されました。テキストとしては『芹沢光治良文学館9 』(短篇集明日を逐うて516.~528頁)を使いました。山辺先生・つゆ子もので、「冬のはじめ」「春の記録Jの続編です。教え子が奈良で代議士に立候補したのに応援演説をして帰宅した翌日から始まり、研究室の助手鶴田と野村若子との結婚の回想。若子が息子達郎のために栄養士の免状をとったこと、熱海の鶴田の実家の蜜柑の花のことなどのつゆ子と若子の会話などが淡々と書かれ、愛弟子船山の戦死とつゆ子が婚期を逃したことなどが語られています。深刻なテーマのない身辺小説ですが、愛すべき作品です。
次回は、『芹沢光治良文学館9 ~』(短篇集)で最後に残った短編小説「写真Jを読み語りたいと思います。芹沢文学に関心のある方をお誘い下さい。新会員を歓迎。
<芹沢文学案内No.49> 良識派(ボンサンス)の文学者(エクリヴァン)
私は作家芹沢光治良を「良識派の文学者」として評価して来ました。日本語の「良識Jは軽い意味で使われているので、「良識Jをフランス語の「ボンサンスJとして、良心や理性から知恵や教養をも含む用語として使っています。芹沢光治良は、「作家
Jは単なる小説家で、なく、深い自覚を持って人間や人生を探究する「モラリストJで あり、純文学作品を孤高に書き続ける「エクリヴァン(文学者) Jであるべきであると自覚しました。それで私は、芹沢光治良を「良識派の文学者Jとして評価して来たのです。これは日本文学史に位置づけ評価する意図もあります。r良識派は、森鴎外・夏目漱石の「余裕派Jから有島武郎・志賀直哉・武者小路実篤などの「白樺派Jの流れを受け、戦前から戦後の昭和時代に孤高に創作した作家を表します。r良識派jの先輩として自然主義派の島崎藤村と大正教養派の野上弥生子を位置づけています。後輩としては、戦後派の大江健三郎氏や団塊派の村上春樹氏を考えています。
「良識派Jの代表者を野上弥生子と芹沢光治良として、対として研究し、大分県立図書館で偶数月に「野上文学読書会J、奇数月に「芹沢文学読書会Jを持っています。
「良識派Jの作家は、自己の人生を生きた時代を背景に徹底して創作しますから、その作品が「大河小説Jとなるのです。芹沢光治良は、大河小説『人間の運命~(全16巻〉を創作し、最晩年には連作『神と人間』を書きました。野上弥生子は、大河小説『迷路』(全6部)、自伝的長編小説『森』を創作し、膨大な日記を書き続けました。
芹沢文学と共に、野上文学を「比較読書jとして読まれることをお勧めします。
平成2 2年度の会費の納入をお願いします。
新年度の年会費がまだ未納の方は、前に同封しました払込用紙にて、郵便振替で年会費1 200円を納入して下さい。次回の読書会に来れる方は、会費を持参されても構いません。自主的な寄付も受け入れます。尚、退会される方は、はがき等にて御一報下さい。芹沢文学に関心のある方を新しい会員としてお誘い下さい。