2010年10月16日(土)の朗読会に参加してきました。
テキストは、「落ち葉の声」
松岡みどり氏による朗読です。
松岡氏の朗読、本当に良かったです。
セーヌ河の左岸のブランリ岸のベンチで話しをしているシモヌとセリの会話を目の
前で聞いている錯覚に陥りました。この臨場感がすばらしい。
「シモヌわかったよ、それより、君やジャンのことを話してくれないか。」
「私のこと?ご覧のように・・・・」
と続きます。
私も、シモヌとセリの隣のベンチに腰掛け、ぼんやりとバッシーの岡を眺めている
気になりました。
この、朗読という世界は、明らかに私を魅了させてくれる世界でした。芹沢光治良 先生のお声は、ハイバリトンのイメージがありましたが、松岡氏の声色は、シモヌ とセリの見事な使い分けで、愛好会会員としては、うれしくなってしまいました。
そして、松岡みどり氏による朗読は、八年たって、三度目に訪れたパリでもらった シモヌからの謎めいた手紙で始まるこの短編小説は、松岡氏の朗読で、その場に引き 込まれてしまっています。そして、この物語の頂点は、シモヌの告白のところだと思 いますが、そこでの松岡氏の朗読は、すばらしいものでした。簡単には、マネできる ものではありません。
人が、持つ良心というか、自分の思いが周りには理解されないで、自分たちから親 しい人が去っていくことも寂しいことですが、おい打ちをかけられるような愛情を持 って接した身内のものの死という別れ。
その重さが、松岡氏の朗読からひしひしと伝わってきました。私は、朗読を聞いて まさに感動しました。
そこで気づいたのです。「落ち葉の声」の意味が。
シモヌの不幸は、シモヌだけでは、なかったのかもしれません。たくさんの人たち が、シモヌのような不幸を背負っていたのではないか。その人たちの声は、なかなか 聞くことが出来ません。
落ち葉というものは、たくさんあります。その一枚一枚が、シモヌやベニッシ婦人の ような人生を歩んできたのです。しかし、私たちは、なかなかその声を聞くことが出 来ません。「落ち葉の声」というのは、そういうものなのでしょう。
とても良い芸術の時間を過ごしました。また、企画してください。
