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2010年01月 アーカイブ

2010年01月03日

芹沢文学愛読者短信第178号 2010年1月1日

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芹文・秋のバス旅行
中三川真智子
①芹文愛好家の清なるシャワーを浴びること。
②サッチャンパンをゲットすること
 最近は②の思いが強くなっている。ところが天龍峡では、もやの中を突き進む太陽の光に照らし出される木々の彩は、横しまな私の心吹き飛ばし、時を忘れさせてくれたのです。
 飯田はおそばヨネ。期待通りのお昼をいただき、街並みを散策。それにしてのひっそりと、すべてをさらけ出さずあなたの心はどこにあるのと尋ねたくなるような雪国の街。
 川本喜八郎の仕事、古布をまとった人形たちは生み出すことに時をいとわない。天平から続く手仕事の輝きのよう。
 おまけの春草は、昨夜テレビで放映、この目で見ることの幸せ、余白の美しいこと響くこと、飯田のリンゴも歯にしみること(カジッタのです)バスの中でお行儀の悪いこと芹文愛好会の品格をおとしめている私、お許し下さい。合わせて楽しい時をありがとうございました。しばらく穏やかな日々を過ごせそうです。

“紅葉の天龍峡と歴史と文化の町飯田”(11月15日実施)                                    文・今井明美
                               俳句・嶋崎みよ子
                               俳句・今井明美

 秋の旅キャッチフレーズ『りんごの並木と人形劇の街一日散策』に今年も隣のみよちゃんと参加させていただきました。三十九名いつものように自己紹介に始まり、皆さんのお話に耳を傾けながら天龍峡に到着しました。

 断崖にとどまる紅葉散る紅葉 みよ子

雨後の太い大河を豪快に舟が下っていきました。

 吊り橋にもみじを愛でるゆとりなく みよ子
 
昼食は信州そばを頂きました。

 新蕎麦を啜る老舗の昼灯し みよ子

お腹も心も満足したところで案内の人と街を散策に出ました。

 凍天に枝を広げてゐる大樹 明美

 裸木の桜古木に黙長し 明美
小京都・飯田は芸術、文化、桜花、りんごと山国にありながら、心ときめく街でした。

川本喜八郎人形館にて
 人形劇引き込まれゆく小春かな みよ子

暮なずむころ、市美術館に入館しました。38歳の若さで逝った菱田春草の絵には、街の誇りと風土とが、深くかかわっているようでした。
予定通り午後7時帰省。

 会うて又別るる駅の聖樹の灯 みよ子
 眼裏に今なお残る落葉樹   明美
お世話くださいました皆様ありがとうございました。

芹沢文学愛読者新年会(1/17(日))
1月恒例の芹沢文学・新年会にお申し込みありがとうございます。50人ほどのご出席です。

 お正月に芹沢文学愛読者短信が届きました。この会報は、手書きで手書きの良さを感じる会報です。
 残念なことにHpではワープロに頼り、実際の印象とは違いますが、お読み下さい。

2010年01月15日

芹沢朝子様からの感動する本です。

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 いつも送られてくる愛好会の封筒の様子が変わっていて、あれっと思っていたら、その封筒も大きくふくらんでいる。何かと思って開封したら、野沢朝子著「山荘」が入っておりました。

 早速、袋から取り出し、「はじめより」から読みました。
  
 この「山荘」は短歌が読まれたあと、野沢氏の文章が続く形です。

 病みてより こころ弱りて山荘に

  父の香のこる 机持ちてあり

 この短歌のあと、山荘の芹沢光治良先生の机に座っている野沢氏が語ります。それらの言葉は、モノローグのように山荘の扉を開けて、私達を「山荘」にいざなってくれます。

 文章の確かさから、読み進めて行くうちに気がつくことがありました。それはこの本から出てくる「優しさ」です。私は、どこかで感じたことがある「優しさ」です。この「優しさ」は何かと、仕事に行く途中、食事をしながら、音楽を聞いている時、この優しさってどこで出会ったのだろうと考え続けました。

 そしたら、それはいつも私が芹沢光治良作品を読んで感じていたのと同じものだったのです。

 その優しさとは、「芹沢光治良の目線」です。芹沢光治良先生の優しい目線が、芹沢作品の中に私達読者は感じています。主人公の時もあれば、ほんの脇役の時もあります。その目線が芹沢光治良氏の魅力だと思っています。

 私達に驕りを生まないように私に警告を出してくれたり、日々の生活の中で気をつけようと感じ入るのです。

 野沢氏の立場で書かれているのに父上の芹沢光治良氏の暖かい目線を特に感じるのは、この短歌で始まる所です。


 あたたかき父の手添ふる病床に

  もみぢ燃え立ち吾はめざむる

 この文章は「人間の運命」で、有名な(関係者の皆様、すいません)場面です。
先の戦争で東京が空襲になり、山荘に疎開した家族に起こる大きな事件です。戦争が終わってホッとしたのは、森次郎という家族だけではなく、読者もまさしくそうでした。それも束の間、戦争という大きなフレーズの頂点を次女の大きな病気という事で読者に大きな緊張をうみます。

 この事件を森次郎からではなく、その娘さんのお気持ちを私達読者が読むことが出来るというのは、読者として人間の運命を読み深める事につながります。また、一つの作品の「野沢朝子の目線」と言うのでしょうか?この時、娘さんはどういうふうに感じていたか、関心を持って読み進めて行きました。

 ところが、野沢氏の確たる文章を読み進めてみると芹沢光治良先生の目線を感じるのです。書いているのは、野沢氏ですけど、読み感じる私には、芹沢光治良氏の目線を暖かく感じるのです。

 
 この「山荘」では野沢氏の夫も登場します。お話したことがありますが、教養深いという言葉よりは、何でも知っていると表現していいのではないでしょうか?

 お医者様という科学者でありながら、漢字の素養や文学についてかなりのものを持って現代文学では、山荘で芹沢光治良先生といろいろお話をされたのではないかと思っています。
 
 野沢朝子氏が夫に書かれた文章は、暖かい目線に溢れています。まさしく芹沢光治良氏の優しさを体現されたと思います。

 すばらしい本です。感動を伴って読みました。「芹沢光治良の目線」を忘れない野沢朝子氏。感謝でいっぱいです。

 
 封筒によってイメージが変わるのですね。新しい封筒も歓迎です。ありがとうございました。

2010年01月24日

2月のマグノリアからのお知らせです。

最も寒い季節になりました。でも、少しづつ日ものび、白木蓮の蕾もふくらみ始めております。マグノリアのご案内です。

  2月20日(土)       午後2時
  芹沢光治良先生との絆
  ゲスト      室賀脩  八木沢悦子
  演出 朗読   山中一徳

はるか昔、父は現在の沼津市立第一小学校の代用教員でした。当時小学生でした室賀様、八木沢様の父上は、戦後、父との再会があったようで、それからの父の手紙を室賀様、八木沢がお持ちです。一方、我家にもお二人の、ご尊父様方の手紙がありました。これらの手紙を、お馴染みの父と同郷のナレーター、山中様が朗読、そして、ゲストのお二方にお話を伺いつつ、光治良先生を覗いてみたいと思います。マグノリアだけで致すことの出来る集いと存じます。会費は2000円頂戴させて下さい。
茶菓子の準備のため、ご出席下さる方は、ご連絡お願い申し上げます。ありがとうございました。
        岡玲子

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