芹沢光治良先生って、どんな人でしょうか?改めて考える。そして考える事は・・・
久々の更新です。すいません。
理由は、7月、8月は吹奏楽コンクールの練習で14時間練習の毎日で、9時過ぎに帰宅、風呂、食事、ビールを一気に飲んで就寝という生活で、更新が出来ませんでした。例年は、ボクシングジムに通い基礎体力を備えてホームページの更新を出来る体力を身につけているのですが、7月上旬の結構きついスパーリングを申し込んだら、その結果、強烈なフックの連打をあびて、肋骨をいため、しばらく休んでいました。
さらに、このブログ更新ページにログイン出来なく、様々な試みをしましたが、結局、専門家に頼みました。
芹沢光治良先生は、文学の世界ではどのようにとらえられているのでしょうか?
中村真一郎氏は芹沢光治良の文学について次のように語っている。(「芹沢光治良展 生誕百年記念カタログ」 (世田谷文学館 1987)より)
ところが芹沢さんは青年時代のフランスでの大学生活や、スイスの療養生活で、 フランス学芸界の人々と交友を深めていた。それに東京の文壇人とは全く無縁で、その風土というものとは別の、 西欧知識人との生活感覚を身に付けていながら、一方で閉鎖的な、特殊に反逆性をその本質とする、わが文学界からは、 逆に異質の文壇外のアマチュアとして受けとられることになる。
しかし、一方で一般的良識的知識人社会も、明治以後、一世紀に近付き、水準の向上と成熟とを加え、 日本にも西欧並みの程度の高い、文学青年ではない層が成立し、それが文学グループの外で、愛読者として多数者をなしていたし、 特に若者は、健全な、非文壇風の、破壊的ではない市民道徳的理想を求める崇拝者の群となって取り巻いた。それらの若者は、 氏の薫陶によって、おのずから世界と人類の方面に眼を開かれていった。大陸への戦線の拡大の時期であったから、 芹沢氏によるこの若い知識人の養成は、大いなる社会的意味だということになる。
芹沢さんは作品発表の以前から、フランスの文化界のなかにあり、フランス人に発音しがたい「セリザワ」の代りに、日本を象徴する 「桜の木(スリジェ)」の通称で親しまれ、特にジュール・ロマンやデュアメルなどの「僧院派」の作家たちに思想的共感を抱いたし、一方、 経済学者として氏が学んだシャルル・ジードの、その甥のアンドレ・ジードが先頭に立っていたN-R-F系の作家たちの前衛的仕事にも、 同時に文学的の啓発され、更にその背後にあってベルグソンやデュルケイムなどの、同時の思想界や一般知識層を支配していた考え方に、 根本的な影響を受けた。そして本来に氏の資質であった、日本的な倫理性が、西欧の伝統的ユマニスムと融合して、独特に風格のある 「市民作家」として、広い読者を集めていった。
ところが晩年になって、氏の幼少期の宗教的環境が、意識の底で徐々に成熟していたのが、 突然一挙に作品の中に姿を現わす。 この良識的芹沢氏の姿にとっては思いがけない、神秘家としての変貌は、今世紀に西欧の、 必ずしも既存宗教の教義に縛られない、神秘的傾向を求める、有力な作家たちの仕事に、氏の立場を近付けて行き、氏の「世界文学」 上の地位は新たな重要性を加えるようになる。 これはカトリック作家の、モーリアックや、ジュリアン・グリーン同様に、 現実というものを、ただ社会的客観的な外的存在としてでなく、 それを背後から覆う超越的な光に満ちた二重性のもとに眺めるという態度に芹沢さんを導いて行く。「魂のレアリスム」」と、名付けていた、 十九世紀市民小説の知らない新しい態度であり、芹沢さんの作品のなかで、作者が樹木と対話するのは、市民の社会制とは別の、 人間の魂のより本質的な部分なのである。
こうした芹沢さんの新しい世界性は、「市民作家」としての氏しか、恐らく知らない西欧の読者に、紹介されることになったならば、 更に深い意味での現代世界の思想的状況の中での重要性を認められ、喜びをもって、未来に開けたその存在が迎えられることとなろう。
中村先生の芹沢光治良先生が当時の文壇からアマチュアと捉えられていたという理由が書かれています。 当時の文壇の人達が、プロでそれ以外がアマチュアという、当時の文壇の人達の考え方がよく書かれています。私達は小説というものが、 虚構の世界で書かれている事を忘れてしまうほどの芹沢先生の筆の力はとてもアマチュアというものではありません。 異質なものを排斥するという「日本的なもの」を当時の文壇からにおってきますね。
そして興味深いのは、芹沢先生の晩年の作品での中村氏のこの部分です。
現実というものを、ただ社会的客観的な外的存在としてでなく、 それを背後から覆う超越的な光に満ちた二重性のもとに眺めるという態度
というところです。
私達は、生きて生活する事ばかりに囚われて、 どうしても現実を「社会的客観的な外的存在」に見がちなことです。これは、例えば、日頃の行動、言動だけで相手を決めつけ、 対処していくという危険な部分を含んでいると思います。私のように教職をしている者は、長年の経験で、決めつけるという事は、 絶対にタブーという事です。
そして中村先生がいう超越的な光というのは、 神と置き換えていいと私は思います。しかし私は、光という言葉が私には希望という意味にも取れます。光に満ちた二重性というのは、 困難事があっても光に包まれていれば希望を見出すというふうにとれます。これは、芹沢文学の原点ではないかともとれます。
私は生徒達を見て、一緒に考えていく上では、 希望を失わないように指導しなくてはと考えてしまいます。
