芹沢文学読書会
案内通信
No78
2009年6月27日
(平成21年)
あめ ま たんば かわす くさ き
一雨を待つ‥…- 田園の蛙 革も木も-
梅雨に入ったと聞いてから、ずっと纏まった雨がなく、水不足となりつつあります。田植えは、川の水を引いて進められているようですが、
貯水池やダムの水がだいぶ少なくなっているようです。庭の草木に毎日水道の水を撒かねばならず、大変です。
梅雨の雨が降り続くのも大変ですが、雨が降らないのも心配です。今日22日は雨が降るという天気予報ですが、まだ降りだしません
(夜にだいぶ降りました)。
前回は、勝呂奏氏の『評伝 芹沢光治良』(翰林書房発行)を再びテキストにして読み語りました。特に「第十四章『人間の運命』(1)」
「第十五章『人間の運命』(2)」を中心にして、「第十六章 芸術院会員・日本ペンクラブ会長」も含めて話しました。
芹沢文学の代表作であり、その集大成は大河小説『人間の運命』です。
この大河小説で、昭和43年度の第25回日本芸術院賞を受賞しましたが、その作品や人徳から一番ふさわしいと思われる文化勲章は、
どうしてか与えられませんでした。
次回も、この評伝を読み語りたいと思います。新しくこの日に入会いただいた園田多喜代さんも、
この評伝を書店に注文されたと聞いたからです。第十七章から第二十章までを、駆け足で読み語りたいと思います。家で読んで来てください。
芹沢文学・大分友の会は、細々とした歩みですが、次回で13年間続けられたことになります。芹沢文学のみに取組み、
こんなに長く続けられた読書会は、大分県立図書館だけでなく、大分県の他の図書館にもないでしょう。次回もお出かけ下さい。
第78回・芹沢文学読書会
①日時;7月12日(日)〔*原則的には奇数月第2日曜日〕
②会場;大分県立図書館 研修室No4 10:00~12:00AM
③内容;〔1〕芹沢光治良先生のお話(カセットテープ)10:00~10:20
○1982年11月21日に東中野地域センターで行われた芹沢文学愛好会の文芸講演会 「神について」芹沢光治良先生のお話。
前回の続き。
〔2〕芹沢文学読書会 10:20~12:00 担当・司会 小串信正
○テキスト;評論『評伝 芹沢光子台良=同伴する作家=』
勝呂奏著 2008年9月21日翰林書房発行 345頁。
初出;平成14年6月号~平成18年10月号の個人雑誌<奏>に10回で連載。
*今回は「第十七草『芹澤光治良作品集』の頃」「第十八章妻の死・<神>との出 会い」「第十九章<神>との日々」
「第二十章作家の死」を読書会では部分的に は読みますが、家で少しでも読んで来て下さい。
*この単行本のない方は、1冊は予備がありお分け出来ます〈4000円)。
次回は、9月13日(原則的には奇数月第2日曜日)の予定です。
◎同封資料;①随筆「ローマの日本人」芹沢光治良 雑誌<文載春秋>七月号 昭和27年7月1日刊行。昭和26(1951) 年の世界ペン大会に出席したあと、パリからの帰路にローマで金山政英衛夫妻にお会いし、 ローマ法王に個人謁見した時の体験を随筆として書いたものです。 〔資料提供;森次郎文庫主人鈴木春雄氏〕
芹沢文学・大分友の会 *問合わせなどは土・日曜日に
連絡先:メールして下さい。
郵便振替口座01970-5-16072/芹沢文学・大分友の会
芹沢文学・大分友の会
会 報 No77
ふ じ
2009(平成21)年 6月22日
文 章 小 串 借 正
☆第77回・芹沢文学読書会の報告 #♭J&
第77回の「芹沢文学読書会」を5月17日(日)の午前10時から県立図書舘の研修室
No4で開きました。芹沢文学に関する録音テープは、1982(昭和57)
年11月21日に東中野地域センターで行われた芹沢文学愛好会の文芸講演会「神について」芹沢光治良先生のお話の続きを聴きました。
昭和26(1951)年のスイス(ローザンヌ)での世界ペン大会に出席したあと、帰路にローマで金山政英御夫妻にお会いし、
ローマ法王に個人謁見したことを語られました。また、
阿部光子さんとの交流や医者で牧師の聖書講義を芹沢邸で開いていたことなども話されました。教団化の過程で出資を勧誘したりが始まり、
聖書講義の会場を中止させたことなどから、教団の批判なども語られました。ローマ法王に個人謁見したことから、次回の同封資料を選びました。
今回、新しい参加者があり、入会してくれました。園田多喜代さんは、日田にいた時に芹沢文学を集中して読み、
今は松本清張を読んでいるとのこと。芹沢文学愛好会のホームページに、この「芹沢文学読書会」も紹介されていますが、それに反応があり、
沖縄の方に会報や案内を送ったことなども小串が紹介しました。
今回も 『評伝 芹沢光治良』(勝呂奏著、翰林書房発行)の第十四・十五章の『人間の運命』のところを中心に読み語りました。
ソ連への招待の旅、デュルケムの『宗教生活の原初形態』、文学碑<風に鳴る碑>、林房雄の「文芸時評」、阿部知二との対談、
昭和39年の第15回芸術選奨の受賞、日本ペンクラブ第五代会長就任、ベール田部の死の虚構化(理想化)、勲三等瑞宝章の叙勲、
山崎豊子の盗作問題、川端康成のノーベル文学賞受賞、第25回日本芸術院賞受賞など。第十六章では、芹沢文学館の開館、芸術院会員に推挙、
終章『遠ざかった明日』の創作、川端康成の自殺、日本文化研究国際会議の開催のことなどが書かれていました。自由に語り合いました。
読書会の時には、次回のことを決定しなかったのですが、この『評伝 芹沢光治良』
をこれで終わるのは勿体なくも思われますので、次回にもう一度読み語りたいと思い
ます。次回は第十七章『芹澤光治良作品集』の頃、第十八章妻の死・<紳>との出会
い、第十九章<神>との日々、第二十章作家の死の四季を読み語りたいと思います。
◇▽
☆<芹沢文学案内No41> 『岡野喜太郎伝』駿河銀行創立70周年記念出版
『評伝 芹沢光治良』の第十五章で勝呂秦氏も紹介していますように、大河小説「人間の運命』の創作中に、駿河銀行の岡野喜一郎頭取から、
駿河銀行創立70周年記念出版としての創業者岡野喜大郎の伝記執筆の依頼を受けました。伝記や自伝は既にあるので、
伝記小説をと考えて長男岡野蒙夫氏に直接にお話しを聴こうとしたのですが、急逝されます。書く意欲を失いますが、『岡野書太郎伝』も
『人間の運命』という大伽藍の庭に銅像として建てたいと思い直して、三男文弥氏や長女容さんにお話をうかがい執筆しました。しかし、
岡野音大郎翁はこの伝記小説の出版を見ずに、昭和40年の6月6日に百一歳で大往生しました。芹沢光治良氏の執筆した『岡野喜大郎伝』は、
昭和40年10月19日に駿河銀行創立70周年記念として出版されました。紺色布製カバーで箱入り127貢です。内容は、巻頭に
「序にかえて(岡野喜一郎)」「岡野喜大郎翁遺影」があり、「はしがさ」に執筆の経過が書かれています。「一 ストイックな少年時代」
「二 牢死した祖父の教えたもの」「三 青年時代と溜津中学校」「四 飢饉の教えたもの」「五 土に生きた精神」「六その日常性」「七・
世にも小さい銀行」「八 真剣勝負の毎日」「九 関東大震災の日」「一○ 天災を越える」「一一 駿河銀行は自分だ」
「一二 二つの家庭とその家族」「一三 下駄の鼻緒をすえるということ」「一四 世の中は変わったが」「一五 勤倹貯蓄宗の教祖」
「一六むすび」で構成されています。その後、昭和45年5月に岡野喜一郎氏は我入道の海浜に「芹沢文学館」を建設したのです
(この4月から沼津市立になりましたが……)。