24日の読書会では、名古屋の会員の方が、3人も来てくれました。遠方より来られると、何か嬉しいですね。
月例会で、管理人の私は、「人間の運命」の一四巻説と一六巻説という問題を提起しました。
これは、私が勝手に考えているのですが、一四巻説の論者は、勝呂先生、一六巻説は、小串芹沢文学研究会代表。
勝呂先生は、評伝「芹沢光治良」P267で、書かれていますし、多くの講演でも一四巻だと話されていますね。
論拠は、
①『人間の運命』は森次郎の人生を日本の近代史の中に、それこそ大河の流れに似た時 間の中に描き続けて来た。
一冊あたり少なくとも数年を扱った時間の流れが、『遠ざかった明日』では約三ケ月と極端に短く、それは大きな淀みを作っている。
②『人間の運命』では次郎のフランス留学を「結婚」と「孤独の道」両巻の間で、舞台が日本を離れるという理由で意図的に省いていたが、
『遠ざかった明日』 はその意図とも明らかに齟齬する。
③第六巻の「あとがき」は当初のそれに触れながら次のように書いている。
その時、この大河小説を建築にたとえて、前三巻で一階を、後三巻で二階を建てようと、 計画した。一階というのは、
主人公たちが自意識をもってから、成人して結婚するまで 時代的には明治末年から大正の終り頃まで、年代を追って書くことであった。
二階とい うのは、成人した主人公たちを中心にして、一巻毎に、所期のテーマをとらえて書くこ とであった。しかし、
第一巻を書き上げてみて、建築の一階を完成するだけに、六巻を 要するだろうと思われた。
簡単に言えば一階部分が予定の倍の全六巻に書かれ、二階部分が続巻の六巻に回されることになったのである。
この勇気ある賢明な判断が結果して、大河小説『人間の運命』 に芹沢の代表作と呼ぶに相応しい偉容を構えさせることになったのである。
ところが、16巻説の小串説を説得づける、興味深いところがこのインタビュー出てきます。
それは、今月の資料35ページ、上段でいきなり、小串さんが驚いているような感じて質問をしています。
小串 では、最初から、第一部が六巷で、第二部が六巻で、第三部が六巻という計画ではなかったんですか?
芹沢 ええ、ええ。そんな気持ち全然出来なかった。
小串さんは、第六巻の「あとがき」を当然読んで知っているわけです。知っていて、芹沢先生の発言は、
吃驚したと 思います。私も吃驚しました。
ただ、『遠ざかった明日』のあとがきで、「海に鳴る碑」を創作してから、「遠ざかった明日」は、
その裏門として意義があるのですから〉と合本加筆する考えを改めたことを記している。
ということは、14巻にするという宣言だと思います。
だから、小串さんが人間の運命についてしつこく質問します。「海に鳴る碑」と「遠ざかった明日」の合本加筆するかどうか、 質問してると思います。
P36
小串 先生としましては、『人間の運命』をまだ書き続けるという気持ちはありませんか。
芹沢 ないですね。全然。蛇足を加える事になってはいけないしね。もっと違った主人公を選んで、
次の時代を書くと云 うなら分かるけれど、それは他の人がもうやるべき事だと思いますね。
小串 最終巻が講和条約の所で終っていますが、そぅいぅ時代背景の点においても、森次郎と云う主人公にとっては、
その条約のときあたりが、一つの区切りだ、という捕え方をなさっていらっしゃるのでしょうか。
芹沢 今度仮りにああいう社会小説、好きなものを事ことするなら、矢張り終戦というかしら、敗戦から現代に行く、日本の歩みだから、
そういうものを書いたら面白いでしょうね。実際に問題として、こんな風に生きていけるとは、終戦後誰も思っていない位の廃墟だし、恐いし、
こういうふうに現代まで来ている歩みを、誰かが小説に分かる様に書いたら面白いですけれど、言葉が変ると沢山の小説が出ている、と云うのは、
そういう歩みやら何やらをおたおた出しているのにすぎないんですよね。だけれど、あまり繁栄になった現在と、それから、ほんの僅か-
我々のように長く生きた者にとっては - 敗戦はほんの僅か前ですものね。
とてつもなく何か不審な気がしますね。
芹沢先生は、合本加筆にふれない。
『人間の運命』は14巻説になるのだろうか。
ところが、岡さんが、芹沢先生は晩年、先生自身人間の運命を読んで、父と子を書き直している。海になる碑は、
一巻に含まれているということをお話しされました。という事は、15巻?でしょうか。
どうも『人間の運命』では、芹沢先生は、晩年いろいろ手入れをされているようです。その全容はわかりません。先生が手入れされた 『人間の運命』を読みたいと思います。