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5月4日 芹沢光治良先生の誕生日

 芹沢先生が生まれた頃の我入道

 今日は、芹沢光治良先生の誕生日です。先生、おめでとうございます。
 
 芹沢先生が生まれたのは、楊原(やなぎはら)村(現・沼津市)です。「人間の運命」で、「我入道」という事が強調され、 我入道を村と思ってしまいます。
 楊原村は上香貫(かぬきあ)、下香貫、我入道、善太夫の四つの大字からなり、芹沢は狩野川の最も河口部にある我入道に生を享けました。

 ここから、勝呂先生の引用になります。

 

 産業は地形的に農地に乏しく、漁業を生業とする家の多い漁村であり、明治になるまで一地方の寒村に過ぎなかった。
 それが東海道本線が東京新橋から西へと線路を延ばして滑津に届いた明治二十二(一八八九)年以降、海浜に別荘が建ち始める。 東京から近い避暑避寒の地として、その風光が知られるに至ったのである。楊原村の海際に大山巌、川村純義、大木喬、 西郷従道の四伯爵が構えた別荘の位置を記している。そして、明治二十六(一八九三)年には皇族の保養地としてこの地が選ばれ、 島郷に沿津御用邸が造営される。
 明治三十三(完00)年五月に発表になった「鉄道唱歌(東海道篇)」(大和田建樹作詞、多梅椎作曲)には
 清浄の海に聞えたる/里は牛臥我入道/春は花さく桃のころ/夏はすずしき海のそばと歌われている。
 芹沢は「″文明の光”くれた御用邸」(平3・6・4『静岡新聞』)に、
  村に御用邸がなかったら、私達は、文明の光など知らずに、一生平凡で、終わったことだろうと書いたことがある。
 駿河の海浜の片田舎でありながら、楊原村は開化を進める近代日本の、その帝都である東京の空気が運ばれる土地であったのである。 そうした土地に生まれ合わせたことが、芹沢にとって意味深かったことは疑いない。

  東京の空気とは、芹沢先生にとっては、小学校に入る前から、塾に付いていいって、学問を耳から覚えて、 知らない世界への扉が開いたのでしょう。

 ところで、この「東京の空気」というのは、何でしょうか?
 四伯爵である大山巌、川村純義、大木喬、西郷従道この時代をリードした張本人です。
川村は佐賀藩出身で、明治天皇からの信任が篤く、皇孫(後の昭和天皇)の養育を任じられていた。後は薩摩藩出身です。大山巌は、 芹沢先生幼少のころ、落ち葉を拾い集めている時に大山捨松夫人に出会います。
 体制側のスーパースターの出現と御用邸は、一地方の寒村だった楊原村に、表面的な影響だけでなく、 静かに染み入るような影響もあった事だと思います。
 芹沢少年がもらったビスケットは表面的な影響でありますが、静かに染み入るような影響とは、江原素六の存在ではないかと思います。
 江原は、江戸、角筈(現新宿区)に生まれ、房楊枝作りを手内職とする貧しい家庭に育ち、辛苦を舐めながらの生活をしていました。
 しかし、剣術、洋学を学び、講武所の教授方として取り立てられます。
 江原の貧しいながらも勉学に励み、貧しい生活から脱する事が出来たという鳥羽伏見の戦いでは、 人材不足の幕府側の指揮官として戦ったことが認められ、江戸城開城後も市川・船橋戦争などで新政府軍と戦うも負傷して戦線を離脱します。
 明治維新を向かえ、閏4月に6歳の田安(たやす)亀之助が家名相続者として駿河国府中(現在の静岡市) の城主として70万石が下賜されました。 70万石の1大名となったと徳川藩には江戸時代のように旧幕臣達を養うことができませんでした。 旧幕臣には新政府に勤める者、農業・商業を行う物、無禄でも徳川藩に仕える者(無禄移住者)がありました。 無禄移住者は結構多く、 素六もこの中の一人として沼津に移住しました。
 移住当時ではおたずね者でしたから、本名は名乗れず、当初は偽名を使っていました。 同年の8月に恩赦により朝敵(おたずね者) の汚名から開放されました。勝海舟の取り成しがあたらしいです。
 反体制になってしまった江原の存在が、「東京の空気」を良く感じる雰囲気にしていたのだろう。
 岡山の山本正夫先生が私に語ってくれたことがありました。
 両手両足を切断した失意の底にある息子に母親が、「勉強しなさい。勉強しなさい。そうすればなんとかなる」
 「東京の空気」というのは、このことではないでしょうか?「勉強する」とは、何も学校の勉強だけではないと思いますが、「読み、書き、 ソロバン」から、それこそ「知らない世界」 へ繋がる第一ページを江原素六ほどの勉強の大切さを実体験した人が教えていた意味は大きいと思います。
 「勤勉」ですね。

 

晩年の大山巌氏と捨松夫人

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2009年05月04日 09:58に投稿されたエントリーのページです。

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