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豚インフルエンザ  新型インフルエンザ

 高校時代の友人と会っている時、豚インフルエンザのニュースが入ってきた。

友人は、内科医だが、豚インフルエンザからの人間へうつることは、良くあることときいた。 例えばスペイン風邪がそうだということでした。

そういえば、『人間の運命』に森次郎の友人の妹が亡くなるシーンがあります。大塚という名前ですが、

その妹はスペイン風邪でなくなります。

そのスペイン風邪は、豚インフルエンザから来ています。『人間の運命』の大塚誠は、そのスペイン風邪から奇跡的に生還し、 フランスで理想的な生活をしますが、モデルとなった大塚兵吾氏は、スペイン風邪で亡くなっています。

 とにかく、スペイン風邪が流行した大正7,8年は、久留米大学医学部の名誉教授の加地正郎氏によれば、

 全世界で6億、死者2千三百万、わが国でも、罹患者二千三千万(当時の人口五千七百万)、死者三十八万にのぼった。 この流行だけは正に空前絶後という言葉があてはまる惨禍をもたらしたのであった。

とあります。

スペイン風邪では、宮沢賢治の妹としさんもスペイン風邪で亡くなっています。 宮沢賢治もスペイン風邪ではないだろうか?とにかく若い人が多くなくなっているらしい。 メキシコの豚インフルエンザもメキシコでは若い人が多くなくなっている。

 加地正郎氏の書かれた『かぜ・ウイルス・人』では、このスペイン風邪について一文をよせています。

 スペインかぜのゆくえ

 大正7,8年のスペインかぜの罹患者は、全世界で6億、死者2千三百万、わが国でも、罹患者二千三千万 (当時の人口五千七百万)、死者三十八万にのぼった。昨今ともかくオーバーな表現が氾濫しているが、 この流行だけは正に空前絶後という言葉があてはまる惨禍をもたらしたのであった。

 このスペインかぜの病原体は、 現在では豚に病気をおこしている豚インフルエンザウイルスであったと考えられている。 流行のさいの病人から直接にこのウイルスが発見されたわけではないが、 当時この流行の波をかぶったと考えられる人たちの血液中に残された豚型ウイルスに対する免疫の痕跡から、そういった推測が成り立つのである。

 豚型インフルエンザのウイルスは、スペインかぜの大流行のあと、 およそ10年間はいろんな規模で人の間で流行をくりかえしていたらしい。その後は、人の世界から姿を消して、 他の型に流行の座をゆずってしまっている。

 年月は流れて昭和51年、米国ニュージャー州のフォートディックス。 その基地で流行したインフルエンザは香港型であったが、その最中に豚型インフルエンザも発生していたことが明らかになった。 しかも死者まで出ている。実に40数年ぶりの登場である。 それまでも、養豚業者など豚に密接な接触のある人たちの間には、 豚からこのウイルス
に感染した例が稀ながらみられていたのであるが、フオートディックスの例のように人から人へと伝染してゆく例は、 それまでに経験されたことはなかった。すわ、スペインかぜの再来か!と関係者は一様に緊張し、警戒の色を濃くしたものである。
 米国では時を移さず豚型インフルエンザワクチンが大量に生産され、全国民に接種しようと、 テレビではフォード大統領が予防注射をうけるシーンが流されて、いかにも米国らしいという印象をうけたことを覚えている。
幸いなことに、この豚型ウイルスは、その後は豚のインフルエンザを起こしても、人の間に流行することなく現在に至っている。 しかし、 問題は解決したわけではない。このウイルスが、どのようにして四十数年もたった後でふたたび人の間に流行したのかということも不明なら、 どうしてまた消え去ったかもわからないままである。言ってみれば、ウイルスの都合であろう。当時「まだ機が熟していなかった」 と実にうまい表現をした解説者がいたが……。ウイルスの側からみれば、このところは豚インフルエンザの病原体におちぶれてはいても、 いつかはまた、人の世界に立ちもどつてくれようと、虎視眈眈とその機会をうかがっているところかもしれない。
 こういったところから、インフルエンザの研究では、 人だけでなく動物ー豚のほかに馬や鳥にもインフルエンザがみられているなければならないのである。ーに対しても、 つねに監視の目を光らせていなければならないのである。

  この著書の中で、加地先生は、豚インフルエンザの到来に警告を発しています。

 加地正郎(かじ・まさろう)

 大正13年熊本市に生まれる。旧制五を経て、昭和22年九州大学医学部卒業。 九州大学医学部第一内科助教
、九州大学温泉治療学研究所気候内科教授を経て、久留米大学医部第一内科教授(現在は名誉教授)。昭和60-63年久米大学病院長。専攻: 内科学、臨床ウイルス学、生気象学。昭和62年日本文化賞受賞。日本ペンクラブ会員。著書に「かぜ」(光文社)「かぜへの挑戦」(講談社) ほか。

かぜ・ウイルス・人
1989年11月10日 初版発行

 著 者 加地正郎
 発行者 青木 秀

 発行所 西日本新聞社
        〒810 福岡市中央区天神1-4-1
       電話 092(711)5523
    定価1,500円(本体1,456円)

印 刷 瞬報社写真印刷株式会社
ISBN4-8167-0279-2 COO95 P1500E

なお、この本には、芹沢光治良先生の「序にかえて」という文章があります。

ちょうど「人間の幸福」が出版される頃です。先生は、ここで加地先生のこの仕事が、多くの人に、 風邪についての知識を与えて、医薬にたよらずとも、自ら風邪を克服する力を授けるでしょう。

と書かれています。

豚インフルエンザの再来を予告された加地先生、 もう一度ここに書いてある事を励行していきたいと思います。



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2009年04月28日 22:32に投稿されたエントリーのページです。

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