芹沢文学読書会
案内通信
No77
2009年4月17日
(平成21年)
しょか かぜ
ふるさとや‥‥‥ 柿の若葉に初夏の風
(*前号の「桃の花」を「梅の花」に訂正します)
もう初夏の日差しで、藤の花が咲きつつあるようです。大型連休も近づきつつありますが、お元気にお過ごしのことと思います。日本の初夏は、
子供の日を挟んで、青空に鯉のぼりが泳ぐのが風物詩です。しかし、鯉のぼりや旗を付ける柱を建てるのが高価なのですが、
孫の生誕を祝う祖父母の経済力が支えているようですね。
前回は、勝呂秦氏の「評伝 芹沢光治良」(翰林書房発行)を読み語りました。「あとがき」と「序 作家の精禅」を読みましたが、
これだけでは勿体ないとの意見も出て、次回も同書をテキストにすることになりました。もっと精読をしていきたいと思います。
評伝の労作として読み込めば、多くのことを学ぶことが出来ると思いす。また問題点を出して批評を深めていきたいと思います。
また、沼津市我入道の「芹沢文学館」が、この四月から「沼津市立芹沢文学館」として
新たな歩みを始めました。具体的な情報が全くないのですが、新装して開館されているものと思います。もしかすると、
開館はまだかも知れません。これまでは、財団法人「芹沢・井上文学軋の運営でしたが、これからは沼津市の運営になります。
前にあったように、芹沢文学館友の会を再開して欲しいと思います。芹沢光治良と井上靖を対で顕彰するのもユニークな試みでしたが、
これからは純粋に芹沢文学だけの友の会として再出発することを期待しています。
今回も都合をつけてご参加下さい。新しい方もお誘い下さい、歓迎いたします。
第77回・芹沢文学読書会
①日時;5月17(日)〔*5月のみ特別に第3日曜日〕
②会場;大分県立図書館 研修室No4
10:00~12:00AM
③内容;〔1〕芹沢光治良先生のお話(カセットテープ)10:00-10:20
1982年11月21日に東中野地域センターで行われた芹沢文学愛好会
の文芸講演会「禅について」芹沢光治良先生のお話。前回の続き。
〔2〕芹沢文学読書会 10:20~12:00 担当・司会 小串信正
○テキスト;評論『評伝 芹沢光子台良=同伴する作家=』
勝呂奏者 2008年9月21日翰林書房発行 345貢。
初出;平成14年6月号~平成18年110月号の個人雑誌<奏>に10回で連載
*全て読むのは大変ですが、「第十四章「人間の運命』1」 第+五章「人間の運 命』2」を中心に読んで釆て下さい。
*この単行本は、前回の参加者にはお渡ししました。新しく参加される
方は各自で書店から注文して下さい。1冊は予備がありお分けします。
=次回は、7月12日(原則的には奇数日第2日曜日)の予定です。=
◎同封資料;①評論「F人間の運命』を書終えて」芹沢光治良 朝日新聞 昭和43年12月17日(火)に発表。副題
「八年間の自己再生の営み」。大河小説打人間の運命』を3部14巻で一応完結させた時の所感。*コピーが不鮮明ですみません原文は
『こころの旅』(新潮社)に収録。〔資料提供;森次郎文庫主人鈴木春雄氏〕
芹沢文学・大分友の会 *問合わせなどは土・日曜日に
連絡先:〒870-0171大分市法勝台3丁目8番2号 小串信正方
℡FAX097(527)6657郵便振替口座01970-5-16072/芹沢文学・大分友の会
芹沢文学・大分友の会
会 報 No76
ふ じ
2009(平成21)年 4月19日
文 責 小 串 信 正
☆第76回・芹沢文学読書会の報告 #♭J&
3月8日(日)の午前10時から県立図書舘の研修室No4で第76回の「芹沢文学読書
会」を開きました。芹沢文学に関する録音テープは、1982(昭和57)
年11月21日に東中野地域センターで行われた芹沢文学愛好会の文芸講演会「神について」芹沢光治良先生のお話の続きを聴きました。
平山画伯の体験談(奥様が『巴里に死す』などの愛読者)から話され、神様に生かされているということから、
幼少期の天理教の信仰のことなどを話されました。中学受験のこと、高校への進学のこと。教団への不信から天理教を批判するようになり、
パリ留学で宗教を学問的に学びます。また、体験的にキリスト教・(カトリック)にも触れて、結核闘病からジャックの大自然の神を学びました。
長編小説『愛の影は長く』に書き、最晩年に「神の書」「天の書」の連作を書くことになるのです。 中村さんが水仙を会場に飾ってくれました)
読書会のテキストとして、前回にお渡しした勝呂秦氏の『評伝 芹沢光治良』(翰林書房発行)を読み語りました。この著作は、同人文芸誌
「奏」に平成14年6月発行の第三号から平成18年10月の第十二号までの十回の連載に加筆訂正をして、単行本で平成20(2008)
年9月21日に出版したものです。勝呂秦氏は、静岡県に生まれ小川国夫や正宗白鳥などの研究も発表していますが、
高校の教諭をしながら芹沢光治良にも取り組んで釆ました。現在は桜美林大学の准教授です。地元での諸資料を検証し、
膨大な作品や評論を読破して、正確で詳細な評伝として書き上げた労作と言えます。芹沢光治良は、戦前に「同伴者作家」と評価されましたが、
その「同伴」も含んでいるのでしょうが、「読者に同伴する」という意味で「同伴する作家(エクリパン)」の副題を付
けています。帯にも「いつしか読者の中で芹沢文学が同行二人のように歩まれるのは、
人間にどこまでも同伴しようとする芹沢の眼差しに理由があろう。」と書かれています。この眼差しは「ヒューマニズムに満ちた眼差し」
であると「序 作家の精神」にも説かれています。そして、「芹沢は六十三年に及ぶ作家生活において藤大な作品を書き継ぎ、
実に驚くほど多くの読者から熱心な支持を得て来た。この動かし難い事実を生きたのが<エクリバン>を誇りとした芹沢だったのである。」
と書いています。
この『評伝 芹沢光治良』は、一回だけでは読み語れないので、次回も継続したいという声がありました。それで、
もう一度同じテキストを使いたいと思います。出来るだけ読んで釆ていただきたいですが、少なくとも第十四・+五章の『人間の運命』
のところだけでもお読み下さい。テキストがない方、予備1部お分け出来ます(有料)。
☆<芹沢文学案内No40>『武と文の義兄弟』石井稔編 ◇ ▽
芹沢文学愛好会の会員であった故石井稔氏が平成8年8月1日に非売品として自費出版したものです。副題「百武源吾海軍大将と作家・
芹沢光治良民との交友」のように、68年にわたる交友のあらましを『人間の運命』にそってまとめています。
芹沢夫妻がパリに留学した時に出会い、百武大佐の提案で義兄弟の契りを結んだのです。百武大佐は大将になり、
九州帝国大学の総長にもなりました。その交流は、『人間の運命』に森次郎と黒井閣下として書き込まれています。石井稔氏は、
佐賀県出身で海軍兵学校を卒業し百武中将の部下で終戦時には海軍少佐、戦後は陸上自衛隊に勤務し一等陸佐で退官。のちに『異色の提督・
百武源書』(日晋出版発行)を執輩し出版しました。百武氏は戦後は引佐郡部田村(現浜松市)に隠壊し、
自給しながら昭和51年2
月15日に94歳で死去しました。芹沢光治良氏がベールと慕った石丸助三郎氏の紹介〔
注/石丸氏と百武氏は旧鍋島藩の先輩と後輩〕があったものと思われますが、この交友は『人間の運命』の人間関係を深めるものになっています。
『武と文の義兄弟』は、注文して入手出来ないので読めませんが、大河小説『人間の運命』(全16巻)を、
黒井閣下との交流を再度自覚して読み直されることをお勧めします。