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第6回芹沢光治良愛読者全国交流会報告6

 久しぶりの更新です。いろいろありまして、更新が遅れてしまいました。すいません。

全国大会の報告は、時間をかけて続けていきたいと思います。今回は、10月8日(月)に開催された

成蹊大学名誉教授 羽鳥徹哉による
芹沢光治良文学愛好会30周年記念講演会 「近代文学に於ける芹沢文学の位置」です。

「近代文学に於ける芹沢文学の位置」という演題は、文学の専門家の立場からすると、なかなか難しい内容ではないかと思います。しかし、 芹沢光治良の作品を読んでいると、同時代での他の作家との違いを何となく感じてしまうのは、私だけではないと思います。 この違いがいったいどこから来るか、芹沢光治良という作家が生まれ、長い執筆期間を通して、 最後に神について真摯な姿勢で書いた神シリーズという一連の作品群までの流れを、日本の近代文学では、どのように総括出来るか、 何とも知りたく、羽鳥先生にお願いをしました。

 羽鳥先生は講演の前に場内の緊張をゆるめるように、この演題について面白くお話をしてくれました。

「おはようございます。」「芹沢文学愛好会の30周年記念だそうで、どうもおめでとうございます。 今回はこの三日間に渡っていろんな行事をおやりになって、私にもですね、もっと早くから来いというお話で、 私もなるべくそうしたかったんですけど、えーと、今日のテーマが大変なテーマでね。考え始めたらたいへんだなあ。(会場から明るい笑い) 間に合わない。準備が間に合わない。と思いまして、とうとう今日まで来れなかったんです。(笑い)

 

 という感じで、穏やかな口調で会場を明るくさせて本題に入っていきました。

先生は、この壮大なテーマに対して6ページに渡るレジメを作成していただきました。 「近代文学に於ける芹沢文学の位置ということで話しをしろという事でした。そういうことになりますと、 位置ということになるとその近代文学の歴史の中でどんなとこにいらっしゃるのかなあと考えていかないといけないわけですよね。 それでまず最初に近代文学の歴史のおさらいをしておいたほうがいいかと思ったんですね。」

 ここから私達にわかりやすく近代文学の歴史について話されました。(続く)

 

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2007年12月13日 22:11に投稿されたエントリーのページです。

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