2007年2月24日
(平成19年)
2月便り -早春の 風 温かき‥・… 梅の花-
晩冬で、温かい春が足早に訪れていますが、お元気にお過ごしのことと思います。梅の花が満開となり、
もう菜の花が野山に咲いています。今年は、雪も少なく、桜の花も記録的に早く咲きそうです。これも地球温暖化の異常気象の一づでしょうか。
1月の例会は、14日(日)に持たれました。63回目の「芹沢文学読書会」で、随筆(評論)の「ある創作の秘密」を読み語りました。
恒例となりつつあります「新年会」もオアシスタワー(大分全日空ホテル)の日本料理「折鶴」で行いました。
長編小説狭き門より』を出版したあと、その経過や主人公美子などについて書き下ろした随筆(評論)で、随想集『こころの広場』
(昭和52年4月15日新潮社発行)に収録されたものです。長編小説『狭き門より』は、まだ芹沢文学の愛読者においても評価されていません。
しかし、この「ある創作の秘密」によれば、作者芹沢光治良氏においては、愛着のある作品であり、主人公の美子は、『愛と死の書
(愛と死の蔭に)』の若子や『巴里に死す』の伸子に対比される女性であったのです。今後とも、『狭き門より』を味わっていきたいと思います。
読書会のあと、「新年会」として希望者(全員)で会食しました。年に一度だけ、このような懇話の時を持つのも意味があると思います。
次回は、長編小説『巴里に死す』をテキストにしました。芹沢文学の名作で、殆どの方が各自愛読していることと思いますが、
再読して皆で語りたいと思います。
また、芹沢文学に関心のある知人友人なども、読書会にお誘い下さい。
第64回・芹沢文学読書会
①日時:3月11(日) 10:00~12:00AM (奇数月の第2日曜日です)
②会場;大分県立図書館 研修室No4 〔
③内容;〔1〕芹沢文学に関する録音テープ 10:00~10:30
○平成4年11月15日の柴田徳衛先生の文芸講演「芹沢文学に接して一
最近の日本」の前半を聴きます0柴田先生は、東京都立大学の教授から東 京都の公害研究所所長等を務めました。
当時、東京経済大学教授。
〔2〕芹沢文学読書会10:40~12:00 担当司会 小串信正
○テキスト;長編小説『巴里に死す』
発出:昭和17年1月~12月〈婦人公論〉に全12回で記載された。
刊本:『巴里に死す』昭和18昨3月5日中央公論社発行。戦後版も。
再版;芹澤光治良文学館7』(総題 『幸福の鏡』)に再録。平成8年
10月10日新潮社発行。 P.5~143。 文庫版;岩波文庫・角川文庫。
*当日部分的には読みますが、通して読んで来て下さい。
==次回は、5月13日(第2日曜日)10:00~12:00の予定です。==
◎同封資料;①評論「解説」遠藤周作。芹沢光治良自選作品集』(第1巻)昭和32年4月20日宝文館発行。P.223~226。*
この作品集の全6巻に遠藤周作氏が解鋭を書きました。*問合わせや申込みなどは下記小串に電話を(午前中)。
HP管理人までメールを下さい。連絡先を教えます。
芹沢文学大分友の会 ふじ
会報NO63
2007(平成19)年 2月24日
文 責 小 串 借 正
第63回・芹沢文学読書会の報告
1月14日(日)の午前10時から県立図書館の研修室室No4で、第63回の「芹沢文学読書会を開きました。昭和63(1988)
年11月20日の芹沢文学愛好会での記念講演会のテープ「芹沢光治良と横光利一」(日本大学教授井上謙先生)の後半を聴きました。
新しい年を迎えて、「今年一年も着実に読書会を継続していきたい」など、今年の大分友の会の方針を語りました。
今年は芹沢光治良先生の生誕111年の年であり、東京を中心にした芹沢(光治良)文学愛好会の創立30周年にもなります。「第6回・
芹沢文学愛読者交流会・全国大会」が10月6日~8日に埼玉ある国立女性教育会館で行われることもあり、「文学の旅」は休むことにします。
鈴木春雄氏の「芹沢文学絵はがき」をまだ渡していない方に配布しました。
読書会では、随筆(評論)「ある創作の秘密」を読み語りました。これは長編小説『狭き門』の創作の余話(裏話)で、主人公の美子を
『愛と死の書(注/戦後に『愛と死の蔭に』が書き加えられた〕』の君子や『巳里に死す』の伸子と対比して高く評価しています。医師
(祖父は病院長)の娘美子は、東京の大学で学び、画家への道を歩み出していました。
祖父から無理に結婚させられるのを逃れるために建築設計技師の原川敏と恋愛結婚しました。結婚して12年、
室内装飾家として夫を助けてきてものの、子を産むことを拒否されていて、不満を覚え.、離婚を考えるようになります。
父は堕胎罪で医学界から追放され、養家の安東家からも義絶され、キュリー研究所でラジュームを研究していたこと知りました。
母の四十九日の法事で、故郷のN市に帰省し、父の過去を探索します。夢に父が現れ、
弁護士の藤岡先生や文学者の持岡先生にもパリでの父のことを聞きます。離婚という「炊き門」を潜ることを決意します。
藤岡先生に離婚の手続きを頼み、原川家から出て画家として自立しようとします。ところが、母の一周忌の法要で帰省した帰路の電車で、
祖父から強制されて結婚を拒否した石川茂樹医師に再会します。この石川医師は、立派な外外科医になっていて、
弟に破棄された二枚の油絵を修復して大切に保存していたばかりでなくずっと美子を愛し、アトリエまで作って待っていてくれたのです。
求婚され、再婚して石川医師に従ってパリにまで行くことになるという、ハッピーエンドの物語です。離婚
という「狭き門」を通って、自己に忠実に生きようとする美子を措き、戦後の女性にエールを送っていると理解すへきでしょう。
夫のために生きた若子、子のためいに生きた伸子に対して、「自分のために生きた女性」として美子を描いたのです。
この「創作の秘密」だけでなく、長編小説『狭き門より』も是非お読み下さい。
全日空ホテル・オアシスクワーの日本料理「折鶴」を会場にして、「第2回・新年会」を持ちました。ランチとして天婦羅御膳
〔サービス費や消費税を含めても1732円を注文しました。この「新年会」のための特別資料として、「作家・
芹沢光治良=世界文学としての芹沢文学=」のコピーを皆さんに、「お年玉」としてお渡ししました。この拙論は、2年前(2004.7.14)
に、芹沢文学愛好会のホームページで芹沢文学)を英文で紹介するために、その原文を依頼されて書いたものです。役者の都合で、
まだ英訳されていないようですが、世界的に拡大をしている芹沢文学ですので、生薬111年を記念して、
本会の会員にも公開することにしました。