以前七福神を歩いていたと、このブログに書きました。墨田の福七神は多聞寺でした。 多門寺があるところは、梅若町と言われています。隅田川に近いし、梅若町と聞くと、梅若丸を思いだします。草が生い茂る中、 梅若丸が葬られた塚はこのあたりかもしれないと考えていると芹沢光治良先生が能「隅田川」を見に行くところが、思いだされてきました。
人間の運命第6巻 (暗い日々)P502より
(上の二人の娘を連れて、日比谷公会堂に新交響楽団の演奏会を聴きに行った。
その演目のマーラーの亡き子を偲ぶ歌を聴き終わったその時)
「どうしてみんな泣いているの」 女学校二年生の次女がそっときいた。次郎はその休憩時間に、和達を探して、二階へ上ってみた。
和達にあったら、アッツ島にアメリカ軍が上陸した日に、野口兼資の「隅田川」を見た時の同じ感動を話したかったからだ。
お能の世界は、能楽堂にはいったとたん、遮断されて、戦時であることも忘れて、テンポのおそい豊かな雰囲気に包まれてしまう。
鑑賞者も現実の苦しい生活を知らないような表情で、和服の身についた貴族が多くて、次郎も能楽堂にいる聞は、
自由に美の世界に精神が羽ばたく喜びを感ずるのだが・・・その謡曲、「隅田川」も子を失った母の欺きをうたいあげたものだが、
年老いた野口兼資は、橋がかりにかかった瞬間に‥わが子を求めて京からはるばる関東まで辿りついて、疲れ果てた老母になりきっていた。
隅田河畔で、わが子の死を聞いての欺きを、野口兼資のしゃがれた声の謡が、却って聴く者に悲しみを強くうったえて、
その姿も舞もすばらしく完璧の出来栄えで、現実から虚構の美へ全鑑賞者を誘
いこんだ。しかし、奇怪なことに、その瞬間、多くの鑑賞者は現実でひたかくしにかくしていた悲歎が、意識の外へあふれ出たように、
ハンカチで教をおおって鳴咽しはじめた-こんな光景を、次郎はお能ではじめて体験して、たいへん感動したが、しかし、マーラーの
「亡き児を偲ぶ歌」・・・
この「隅田川」を見たいと思い、映像を探しましたら、清元の「隅田川」からNHK出ていて、 これは見ました。老婆を「斑女の前」といいますが、中村歌右門は、その嘆きを哀感を湛えた清元の旋律と、斑女の前の母性愛、 それを見守る舟人の人間性が胸をうちます。しかし、能の「隅田川」は見ることが出来ません。そしたら、梅若町の多門寺で売っていました。 DVDでは、ありません。ビデオテープです。ただ、「能 隅田川」というシールがビデオに貼ってあるだけのものでした。ビデオを早速見ると、 野口兼資は宝生流でしたが、このビデオも宝生流です。
この感想などは、次回に書かせて下さい。ところで、「どうしてみんな泣いているの」
と二女が尋ねたとありますが、実際にこの演奏会の事を覚えているそうです。会場で実際に泣き声を聴き、不思議に思ったそうです。