芹沢光治良先生の「人間の意志」を読み直している。「今年は平成二年、大自然の親神の、 世直しの成功の幕開けとして多くのことを聞かせてもらっている。・・・・新しい未知の世界が目前に展けそうで、若者のように胸が躍っている」 と芹沢先生は書いている。しかし、これを読み直して気がついたのだが、厳しい事も書かれている。時の権力者に対する言葉がその権力者の事実 (彼は、後日亡くなった)でさえも、「自分の志を貫くとき、人間は大自然に与えられた使命を生きているのだから」と言い切る芹沢光治良先生。 人の上に立つ人には、情けがないと思われる厳しさを発揮している。これが芹沢光治良という作家の文学精神ではないだろうか。「臨機不変」 という強さだ。芹沢先生の作品の批判の一つに楽天的だというものがあると思う。しかし、あとあと読み直して見ると「人間の意志」 の強さに裏打ちされた楽天的世界だと思う。私は、凡庸なるただの人です。「人間の意志」を見失い、様々な失敗をしています。 そしてそのたびに考え反省させられています。芹沢光治良のモラリストとしての作家態度が、その作品から一つの指針を見せてくれます。 それが励みになるのです。モラリストであるミシェル・ド・モンテーニュは「宗教戦争の狂乱の時代の中で、寛容の精神に立ち、 正義を振りかざす者に懐疑の目を向けた。」芹沢先生も「現在は明らかに情報戦争 (このごろの政治家の人気の高さは情報戦争に勝利した結果ではないか。政治家の行ってきた政策についての具体的な考察を記事にし、 我々が考える材料にしてほしい)の狂乱の時代に、寛容の精神に立ち、正義を振りかざす者に懐疑の目を向けた」と思う。芹沢先生の代表作 「人間の運命」に、第二次世界大戦末期に人の上の立つものの実際の生活に触れ、懐疑の目を向けているところがあります。敗戦が決まり、 ベートーベンの「運命」を聞くシーンは、庶民の平和な時代を迎えるホッとした雰囲気を見事に書かれています。この「運命」 を選曲した芹沢光治良(作品の中では、森次郎)のモラリストの目が、様々な人に全く公平に運命が扉を叩くということを予感させていると思う。 話しがそれましたが、芹沢光治良の厳しい目は、寛容な心を持って、モラリストの働きを充分に行っているのである。芹沢光治良の厳しさは、 作品のどこかにソッと置かれているのである。
新潮社 ISBN4-10-311331- 6